「Chrome OSはWindowsに対抗するものではない」――。2日前の本欄と同様な書き出しで恐縮だが、記者もこう考えている。より正確に言えば、グーグルからすれば対抗する意味がないのである。

 では、グーグルはなぜわざわざパソコンのOSを開発するのか。ここでは2日前の記事とは別の観点から、このテーマに対する記者の考えを述べる。

97%が広告収入

 改めて言うまでもなく、グーグルは広告企業である。2009年第1四半期(1~3月)の業績は、売上高が55億1000万ドル。内訳は傘下のWebサイトによる売上高が37億ドルで総売上高の67%、「AdSense」などを通じたグーグル外のWebサイトによる売上高は16億4000万ドルで同30%を占める。総収入の97%を、Webの広告から得ているわけだ。グループウエアの「Google Apps」や検索アプライアンスといった企業向け事業も伸びてはいるものの、全体としてみるとごくわずかである。

 広告をクリックしてくれる人、つまりWebの利用者数や1人当たりの利用頻度を増やすのが、グーグルの収益増につながる。こう考えると、グーグルにとって既存のWindows市場やWindows用途を置き換える必要性は低い。

 なぜなら今のWindowsパソコンはほとんどがネットにつながっている、つまりグーグルの収益基盤になっているからだ。Chrome OSはさらにネットとWebを使いやすくするとしているが、既にネットにつながっているWindowsをわざわざ置き換えても増分はたかが知れている。そもそも昨日の本欄で述べている通り、メインマシンとしての使い勝手は低そうなので、単純な置き換え狙いというのはなおさら考えにくい。

 グーグルは当初、機能を絞った小型・低価格ノートパソコン、いわゆる「ネットブック」向けにChrome OSを開発するとしている。同社が狙う第一の市場は新興国だろう。ネットブックが期せずして日本でもブレークしたように、先進国でもChrome OS搭載機は大きな注目を集めるだろうが、市場としての潜在力は新興国の方がはるかに大きい。

 これからパソコンを使う膨大な潜在利用者、つまり「次の10億人」に対して、Web前提のChrome OSを搭載したネットブックを売り込む。そしてパソコンというのは、あるいはITというのはWebを前提に使うものだと刷り込む。そうすることでグーグルの収益基盤であるWeb利用人口を爆発的に増加させる。これがグーグルの描くシナリオだろう。

 では次の10億人を奪い合うWeb前提パソコンの市場では、Windowsと真っ向からぶつかることになるのか。そうとも言い切れない。少なくともグーグル側は、何が何でもChrome OSを普及させたいと考えてはいないと、記者は見ている。Chrome OSよりもっとWebを使いやすく、もっと低価格なパソコンやOSが出てきて、それが広まれば、それでも構わないとすら思っているのではないか。

「Webとネットに良いこと」がグーグルのため

 こう考える根拠は、あるグーグル社員の発言である。記者は以前、上級エンジニアのクリストフ・ブシーリヤ氏に、同社のクラウドコンピューティング戦略を取材した(関連記事)。発言を一部引用しよう。

「グーグルの収益源は広告収入。検索と連動した広告によって収益を上げている。つまり人々がネットで使う時間がより増えるほど広告の閲覧回数が増えて、グーグルの収益も増えていく。ネットにとって良いことはグーグルにとっても良いことなのだ」

 「ネットに良いことはグーグルにも良いこと」。この発言に、グーグルの行動原理がすべて集約されている。グーグル自身は、もちろんWebやネットを使いやすくする技術、ソフト、製品を開発・提供する。一方で、他社が追随して同じ方向性の技術やソフトが出そろえば、それはそれでオーケーというスタンスを取る。

 実際にグーグルは、意図しているかどうかはさておき、これまでも自社が望む方向に世論を巧妙に作り出してきた。一例がWebアプリケーションをオフライン状態でも利用可能にする技術の「Gears」だ。同社がGearsを発表したのは2007年5月。その後、2008年3月に米アップルが公開した「Safari 3.1」や6月に米モジラファウンデーションが公開した「Firefox 3」など、主要ブラウザもオフライン技術を実装した。次期HTML標準である「HTML 5」のオフライン技術仕様を先取りした。

 他のブラウザベンダーや標準化団体は、グーグルとは別個にオフライン技術の開発を進めてきた。しかし「あのグーグルが打ち出した」ということで、オフライン技術に対するメディアや世間の注目が一気に高まった。これがオフライン技術開発に拍車をかけた一因となったのは間違いない。

 グーグルがChrome OSに託しているのは、こうした世論誘導効果ではないか。もちろんOS自体を良いものにして普及させることも狙っているだろうが、「あのグーグルが」という世論を作り出して、後に続く製品や技術が増えることを間接的に促す。Windowsとの対立構図も、世論を喚起する上ではとても分かりやすい。

 一方、グーグルに居心地のいい世界はマイクロソフトにとっては悪夢だ。同社の収益構造を考えると、これも明白である。2009年度第3四半期(1~3月)の業績は、営業利益が44億3800万ドル。このうちWindowsなどクライアント部門は25億1400万ドル。前年同期比で19%減となったが、依然として利益の過半を稼ぎ出す。Windowsに取って代わるOSが登場した場合はもちろん、低価格版のWindowsばかりが売れたりすれば、屋台骨は大きく揺らぐ。

 マイクロソフトも手をこまねいてはいない。ちょうど今週はじめ、Webとクラウドの時代に向けた製品戦略を相次いで発表した。「Office 2010」には無料のWebブラウザ版を投入(関連記事)。クラウド基盤サービス「Windows Azure」については、料金体系と提供開始時期を発表した(関連記事)。今春にはExchange Serverなどのオンライン版を日本でも開始した(関連記事)。

 しかしこれらが収益に貢献するまでには時間がかかりそうだ。同社の企業向け事業を統括するスティーブン・エロップ氏は、サーバー分野の事業でサービスとソフトが半分ずつになるのは、5年から7年先との見通しを述べている(関連記事)。

 実はマイクロソフトも、「Gazelle(ガゼル)」というコード名でWebブラウザ用OSの研究を進めている。Gazelleはまだ研究プロジェクトに過ぎないが、Chrome OSの勢い次第で一気に製品化へ動く可能性がある。そうなれば、グーグルの狙い通りと言える。グーグルが作ったゲームのルールで戦う限り、グーグルに立ち向かうのは容易ではない。