イノベーションとは革新だ。単に、より良い新しいものに変える、という意味だけでなく、今までにない新しい考え方に乗り換えることで、従来よりもけた違いに性能や価値が向上するという意味を含んでいる。製造業では、このようなイノベーションに相当する事例がいくつもある。

 CRT(ブラウン管)が液晶になったのもイノベーションであるし、そもそも、大量生産という仕組みもイノベーションであろう。この革新をサービス業に起こしたい、というのがサービス・イノベーションへの期待なのだと認識している。さらにいえば、勘と経験を頼って試行錯誤しながらではなく、科学的・工学的手法を活用して効率よく迅速にイノベーションを起こしたいということであろう。

 第1回では碓井さんから、「サービス・イノベーションとは何か?」として、その目指すところをご提示いただいた。第2回で、産総研の内藤が価値と効率の両立という観点でサービス・イノベーションの評価軸を提示し、第3回では木村先生から、サービス・イノベーションを形づくるフレームワークをご提案いただいた。続く第4回で、生田さんから、ウェブサイトサービスを例としてIT(情報技術)を中心としたサービス・イノベーションのフレームワークをご考察いただいた。

 第5回としてバトンを渡された私としては、人間を中心としたサービス・イノベーションについて話を展開したい。それは、私自身が、人間中心で製品を設計するための研究を専門としているからだ。

製造業でのイノベーション手法

 既に製造業でのイノベーションがあるのなら、それを相似的にサービス業に持ち込めばよいと考えるのが普通だ。これを実践し、ある程度の成功を収めている事例もある。ただ、総じていえば、製造業での科学的・工学的手法に立脚したイノベーション手法を、そのままサービス業に持ち込むのは難しい場合が多い。

 乱暴にいえば、製品もサービスも大して変わらない。どちらも、利用者の状態を変化させるための働きだ。液晶ディスプレーは、利用者の視覚神経に特定の光パターン変化を送り届けることで、視覚刺激を与えて状態変化をさせる製品だし、映像配信サービスは、このような製品を媒介して、意味のある光パターンを送り、利用者の心理状態を変化させるサービスだ。それでも、前者の製品においてイノベーションが産み出されやすい理由を、以下のように考えている。

 (1)製品の機能を記述できる、(2)製品の評価指標を人間と切り離して設定できる、(3)製品の性能と製造プロセスも切り離せる。このように人間-製品-製造を切り離して考えることができると、モジュール化が容易なだけでなく、科学的・工学的手法をたくさん活用できるのだ。なぜならば、科学・工学では「人間の働き」よりも「人間以外のモノの働き」に関して多くの知見が蓄積されているからだ。

 具体例で考えてみよう。(1)液晶ディスプレーの形状や機能は、設計段階で数式やパラメーターとして記述されている。モノの構造や機能を表現する科学がふんだんに利用されているのだ。さらに、(2)サイズ、解像度、応答性、コントラスト、価格という人間の働きを含まない評価指標を設定できれば、(1)で記述されたものを、(2)の指標に向けて最適化するための取り組みを、「利用者を切り離して」議論できるようになる。

 そのような製品(=設計情報)を製造する(=モノに転写する)工程も、当然、最終的な利用者から切り離して最適化できる。そればかりでなく、製品と製造プロセスも、ある程度、独立に記述でき、それぞれでイノベーションを産み出すことができる。大量生産、機械化、仮想化(CAD/CAM/CAE)、セル生産などの製造技術が、製品によらず広く使われている実態がそれを示している。