「オーバースペックシンドローム」というキーワードに興味を持って,この2月3日に,「ものづくり寄席」前回に続いて覗いてきた。今回の講師は,立命館大学経営学研究科准教授の善本哲夫氏で,講演のテーマは,「新興国市場とオーバースペックシンドローム』である。

 「オーバースペックシンドローム」とは,顧客の要求品質を超えた品質過剰な製品を供給しがちな体質のことである。筆者はてっきり,そうした過剰品質体質をいかに脱却して新興国の消費者のニーズに合った製品を出していくかという話だと思っていたが,善本氏が言わんとするところは,後半部分はその通りだが,前半部分はかなり趣が違った。前提として「オーバースペック」だと勝手に思い込んでしまう傾向に警鐘を鳴らしているのであった。

思い込みとしての「オーバースペック」

 「『オーバースペック』だと勝手に思い込んでしまう」とはどういうことか。「5000回曲げても大丈夫なテレビの電源コード」のようなものなら,誰がみてもオーバースペックだが,一見「オーバースペック」に見えても,実はそうではないケースがあるのではないかという。いわば,過剰にオーバースペックだとみてしまう傾向があるとの指摘だ。

 例えば,「欲しいけど高いから買えない」という状況は「オーバースペックかどうかはお客さんが決めるという出発点に立つならば,オーバースペックとは言えないのではないか」と善本氏は言う。確かに,「欲しい」という気持ちさえあれば,あとは価格だけの問題なので,今は無理でも将来的には買ってもらえる可能性のある潜在顧客だというわけである。

 「うーん,その『価格』が問題なんだろうな」と考えながら聴いていたら,善本氏は,中国の家電量販店で,ソニーの液晶テレビ「ブラビア」を見ているある家族の写真を映した。その家族はかなり長時間画面に見入っていたが,その後ろには別の家族が待っていて,前の家族が見終わるやすぐにテレビの前に陣取って前の家族と同じように食い入るように画面に見入ったのだという。同氏は,新興国のフィールド調査の際などにそうした情景を数多く見てきており,日本の高品質製品に対するニーズを肌で感じているようであった。

「日本のかけら」

 新興国では,「日本のかけら」を数多く目にするという表現も面白いと思った。例えば,「イチバン」とか「オオサカ」とか「パナシバ」とか「テクノロジーオブジャパン」とか,怪しい日本語も含めて,「日本」を連想させる言葉を使って,品質の高さを顧客にアピールしようとする光景がみられるという。これは,中国で日本の地名を勝手に登録商標にするという深刻な問題もひきおこしているが,「日本のかけら」そのものの存在は確かに悪いことではない。

 過剰に「オーバースペック」だと思い込んでしまう傾向は,現地仕様に対する考え方にもみられるという。白物家電などでは特に,台所事情に合わせて冷蔵庫の幅を短くしたり,エアコンの風が体に直接体に当たるようにしたりといった,各国の「文化」や家庭環境などに合わせた現地仕様化が行われているが,日本企業はこうした作業を「オーバースペックの是正」と混同しがちだとのことだ。各国の顧客が日本製品に望んでいるのは,現地の事情に合わせた使いやすさではあるが,基本性能を下げることではないというのである。

 それに関連して筆者が思い出すのは,2006年の夏にシャープが中国市場で台湾製パネルを使った液晶テレビを発売したところ,中国の消費者が反発したという「事件」である。中国の消費者は,日本など先進国では「亀山産」のパネルを使って高品質であることをアピールしておきながら,中国では台湾製のパネルを使ったことに対して怒ったのである。それを受けて,当時の専務取締役 AV・大型液晶事業統轄 兼 AVシステム事業本部長の片山幹雄氏(現社長)が2006年11月25日に当社が上海で開いた中国向けセミナーで,「日本発の高い水準の技術,デザインを中国市場に今後とも投入していく」と強調していたことを思い出す(その際書いたニュース)。

 善本氏が怖れるのは,基本性能を落とした製品が増えていくと,「日本製品といってもたいしたことない」といった見方が広まり,これまで培ってきた「高品質な日本製品」というブランドイメージが崩れていくことである。いわば「日本のかけら」がなくなっていくことこそが日本製造業の競争力低下につながるとみる。

まずは「知って」もらう

 では,「オーバースペック」の思い込みを防ぐにはどうしたらよいのだろうか。まず,大切なのは,高品質な製品をつくったとして,そもそも顧客がその良さを知らなければ,「オーバースペックもなにもない」ということである。顧客に知ってもらう努力をし,きちんと「学習」し「納得」してもらったうえで,「それは必要ない」と言うならばそれは正にオーバースペックであり,設計を見直す必要がある。しかし,そうした努力をせずに「オーバースペックだ」と判断するならば,それは思い込みに過ぎないのではないかというわけだ。

 そこで重要になってくるのが顧客に知ってもらうための取り組みであるが,これに「王道」はないようだ。とくかく隅々にまで販売網を広げて,丹念に市場の声を拾い上げる地道な作業がものをいう。それに関して,善本氏の話の中でちょっと気になることを聞いた。例えば,東南アジアでは,一昔前までは日系の家電メーカーが圧倒的なシェアを誇っていたが,近年では韓国勢がシェアを伸ばしている。その理由として,韓国勢は都心部はもとより地方の農村部まで,丹念に回って,自社製品の機能を丁寧に教え,売り方まで指導しているいうのである。中には,小売店の家族を韓国旅行に招待して,「韓国ファン」を増やしているメーカーもあるのだという。それに対して,日本企業は卸売り業者までは回っているが,小売店となるとかなり寂しい状況で,これが韓国勢の台頭を許した理由の一つではないかというのである。