松下幸之助と右腕エンジニア・中尾哲二郎について語る座談会の後編。松下電器の技術担当副社長を務めた松下OBの水野博之氏と、同じく松下OBで立命館大学MOT大学院テクノロジー・マネジメント研究科長の阿部惇教授に、MOT(技術経営)の観点から、幸之助と中尾の二人三脚の真髄を語ってもらった。論点は「自ら手を動かし考える」という職業人の基本の基本に行き着いた。

「勝ち過ぎ」が判断を鈍らせた

前回からの続き)

水野:ところで松下の電池事業は、かつて常に利益率二ケタを誇った優等生だったのですが、その面影がなくなりました。これはMOTでじっくり考えるべきテーマの一つでしょう。

阿部:ニッケル水素にこだわり次の手が遅れた、ということでしょうか。リチウムイオンへの切り替えなど。

水野:それは資金力なのか、マンパワーの問題でしょうか。それとも経営トップのポリシーでしょうか?

阿部:企業は一般的に成功すると「成功の復讐(筆者注:優れた成功体験が次の成功を阻むこと)」があって、以前の成果を超えにくくなるものです。松下はニッケル水素で勝ち過ぎた、ということでしょうか。しかも「リチウムは危ない」という先入観もあった。

水野:松下の乾電池が成功した理由の一つが品質です。もう一つはK鉱山を山ごと全部買ったことです。東さん(東国徳:元副社長)から聞かされたことですが、東さんのこの決断は「幸之助さんからも何十年分とほめられた」と言っていましたよ。それほどの勝ち過ぎが問題だった。

常勝の弊害を乗り越えるMOTの発想

阿部:酸素富化膜といって昔から中研でやっていたテーマがあります。中研ではこれを燃焼機器に使おうと一生懸命やっていた。ところが中村さん(中村邦夫:現会長)がこれを見て、「エアコンに使え」と。通常はエアコンを使っている室内の酸素濃度は人の呼吸などにより低下しますが、それ(酸素富化膜)を通したら約30%の高濃度酸素を作り出すことができるので、室内の酸素濃度を常時約21%に保つことができる。頭がすっきりするはずという考えです。

 MOTというのはまさにそういう発想なんですよ。技術の価値をどうビジネスにつなぐか。この時の中村さんが出した技術の使い方に対する発想はすごいですね。

 いま私の研究科では企業の幹部教育を引き受けているのですが、そこで感じたことは、企業は失敗しないように大事にそのテーマを育てようとするあまり、スケールが段々小さくなる、ということです。MOT的な視点で、多くのテーマから上手にセレクトして大きく育つものを選んでいくというアプローチが望ましいのですが、現実は難しいですね。

 研究科に来ている社会人大学院生は二手に分けられます。父親が社長でこのままの経営では先行きが危ないということで、何か変えたいと勉強に来る人。もう一方は、社長が自分の右腕を育てるために目を付けた人を送りこんでくるケースです。次の事業をどうするかと。出来るか、売れるか、儲かるかと、この三ステップがないとMOTじゃないのです。

水野:今は技術抜きで経営は成り立たないですからね。これは規模に限りません。MOTというと大企業のものと受け止められがちですが、中小企業の皆さんにも重要な考え方でしょう。

阿部:良いモノをつくろうとすると本質が見えてくるんですね。松下電器のプラズマテレビを例にとりますと、リブの部分には東レさんの技術を適用しています。自前の技術でやるのが一番なんだけど、タイミングの問題もありますので。

 自分で徹底してやっていると、他社の技術で「これがいい」という点が見えてくるんです。ただその前提条件は、まず自社で徹底的に突っ込むということです。

 何かを実現しようと思ってやっていると技術の本質が見えてくるわけです。徹底すれば本質が見えてくる。

 だがそうなると、「俺のが一番」といわゆる偏屈になりがちです。ですから横の技術への目配りがいる。両方必要なんですね。

本当の意味で考えることが必要

水野:徹底的に突っ込むというのはとても重要なポイントです。それが見えるまでやるのが技術屋で、そこをやってきたのが中尾さんです。

 ここであえて若い技術者に苦言を言いたいのですが、問題が出たらどこかに解答があると考える最近の若い人の傾向に危惧しています。途中までは非常に丁寧にやる点は評価できるけど、自分で考えるというところに追い込まれた時にどうするかという視点があまりない。

 私が大学に入った年、湯川さん(湯川秀樹:ノーベル賞受賞者)がノーベル賞をもらいました。その当時、東大と京大で基礎理論は京大から東大へ、物性・応用理論は東大から京大へ教授を交換して講義するという試みがありました。

 私はそこで湯川さん、小谷さん(小谷正雄)、久保さん(久保亮五)の講義を受けました。それぞれまったく違うんです。湯川さんの講義は何を言っているかさっぱりわからない。繰り込み理論について現在抱えている悩みを黒板に向かってブツブツ言っている。

 一方、東大の先生の講義は見事なものです。小谷先生の講義はノートがそのまま本になるくらい。どっちがいいかはよくわかりませんが、成果からいったらどちらでしょうか。

 問題は、求められている「秀才のパターン」が変わりつつあることです。今の秀才はみんな困るんですな、「お前らが問題を考えい」と言われたら。だからといって今までのような勉強をせんでいいかというと、そんなことはないのですが。

 どこかでこの議論の悪循環を断ち切って、本当の意味で自分で考えるという能力のトレーニングをスタートしないといけません。そうでなければ、日本の技術はキャッチアップのプロセスから二度と抜け出せない。そもそも、今も抜け出せていないと思います。それが日本の経営と技術の間にある最大の問題点だと思います。

阿部:半導体でISSCCという有名な国際学会があります。ここで発表するということは、スポーツの世界でいえばオリンピックに出るようなものです。

 H社の例を見ていますと、以前は中研の論文が多くアクセプトされていたが、最近はだんだん工場から出た論文が多くアクセプトされるようになってきました。頭で考えた論文でなく現実の課題を苦労して解決した論文の方が認められるようになってきたのです。