先週,プロジェクト・マネジメントをテーマにした日経コンピュータ主催のセミナーに出かけた。この分野における専門家3人の講演をうかがい,いろいろと勉強になった。セミナーを聞き終えて興味深かったのは,講演者3人が3人とも,「システム開発プロジェクトが泥沼にはまり込む過程」を同じような表現で語っていた点だ。3人がそれぞれの経験に基づいて,「負のループ」「悪魔のサイクル」「悪魔のスパイラル」と呼んでいた。

 これらの呼び方が示そうとしているのは,初めはプロジェクトに生じた小さな「遅れ」や「問題」だったとしても,悪魔のスパイラルを通じて徐々に深刻化していくという悪循環の存在である。このような指摘に「そうそう」とうなずいたり,「あぁ,確かにそうかもしれない」と気付いたり,あるいは「えっ?」と驚いたりと,読者の方々はさまざまな印象を受けていると思う。この機会に自分が関与するプロジェクトの状況について,点検してみてはいかがだろうか。

本園明史氏が指摘する「負のループ」

 
図1●本園明史氏が指摘する「負のループ」
図1●本園明史氏が指摘する「負のループ」
 

 講演者の1人,ウルシステムズの本園明史シニアコンサルタントが語る「負のループ」は,「プロジェクトマネジャ(PM)1人だけでは,行き届いたマネジメントが難しくなってきている」という現状を指摘したものだ。適切に対処しないと図1のようなループに陥って,プロジェクトに重大な影響を及ぼし得るという。

 負のループが起こる背景として本園氏は,システム化の内容が高度になり続けている点を挙げる。かつてシステム化の目的は「省力化」を中心とする比較的単純なものだったが,今ではシステム化の内容がより複雑になり,複数のステークホルダーが絡むものとなった。プロジェクトの規模が大きくなって管理系作業が増える一方で,関係者間でのすり合わせ作業や合意形成に多くの時間を割かねばならなくなった。これが図1における「マネジメント領域の多様化・複雑化」と「各種の割り込み作業・管理系作業」の意味である。

 このような状況では,まずマネジメントの負荷(PMの負荷)が増大しやすい。さらにPMの情報不足や誤った現状認識をもたらし,プロジェクト運営に対する制御の遅れや問題解決の遅れにつながってしまう。結果としてToDo(課題)が増加し,マネジメントの負荷をさらに増大させるという「負のループ」が動き出す。

 本園氏の言う「負のループ」が始まったとしても,すぐに対処できれば大きな問題にはならない。しかし,PMのマネジメント負荷が増大している状況では,対処がつい後手に回ってしまいやすい。そこが「負のループ」のポイントの1つだ。本園氏は,PMを手助けする補佐役として,PMの管理系作業を支援する「マネジメントサポート」や,複数のステークホルダーなどの間に入ってさまざまな合意形成を促す「コーディネータネットワーク」が必要だと話す。

高橋信也氏が語る「悪魔のサイクル」

図2●高橋信也氏が語る「悪魔のサイクル」
図2●高橋信也氏が語る「悪魔のサイクル」
 

 マネジメントソリューションズの高橋信也代表取締役は,講演の中で「悪魔のサイクル」について語った。その根底には,本園氏と同様に「1人のPMだけでは,行き届いたマネジメントが難しくなってきている」という問題意識がある。それを,PMとメンバーとの間にあるコミュニケーションや信頼感に着目して表現したのが「悪魔のサイクル」だと言えるだろう(図2)。

 「悪魔のサイクル」では,プロジェクトにおいて「解決できない課題が放置される」という状況がある程度続くと,プロジェクトの先行きについて現場がマネジメントに期待しなくなってしまう点を重く見ている。プロジェクトの中でPMが信頼を失い,現場とPMのコミュニケーションが減り,PMが孤立し始めるからだ。そんな状況になると,PMはプロジェクト全体を見渡した管理ができなくなり,プロジェクトの状況が不透明になりやすい。結果,「解決できず,放置されている課題が増えていく」という悪循環が始まってしまう。

 こうした悪循環を起こさないための施策として,高橋氏は「PMO(プロジェクトマネジメントオフィス)」を提案している。一般にPMOは「プロジェクトが火を噴くと出動する支援組織」あるいは「受注前審査におけるご意見番」というイメージが強いが,高橋氏の言うPMOは,プロジェクトの内部に常駐して,PMをさまざまな面で支援する役割を持つ。

吉田昌弘氏が憂慮する「悪魔のスパイラル」

図3●吉田昌弘氏が憂慮する「悪魔のスパイラル」
図3●吉田昌弘氏が憂慮する「悪魔のスパイラル」
 

 最後の講演者,マネジメント・ジャパン代表取締役の吉田昌弘氏が提起した「悪魔のスパイラル」は,「プロジェクトに対する会社からのバックアップの仕方」に問題があることを指摘したものだ(図3)。

 その前提となっているのは,「PMが育ちにくい」「PMのなり手がいない」といった厳しい現実である。IT業界では慢性的にPMが不足しているため,ITベンダーなどはとりあえずPMを任命するが,かといって会社組織としてPMへのフォローを一切していないのが実情だと吉田氏は指摘する。会社としてPMを十分に支援するだけの人的リソースを用意できていないのだ。

 このような環境において,現場で問題が発生したらどうなるだろうか。問題が小さいうちはPMに任せきり。問題が大きくなって,ようやく会社が重い腰を上げる---となる。

 会社がプロジェクトの支援に動き出すこと自体は良いことだが,吉田氏はその弊害を指摘する。多くの会社では支援の仕方が悪いため,PMは上司(支援者)への報告に明け暮れる毎日となりやすく,現場で“PM不在”になることが多い。これでは現場のモチベーションがさらに下がり,現場で起こっている問題がさらに悪化する,というスパイラルに陥ってしまう。

 「悪魔のスパイラル」を防ぐには,PMをアサインする段階でPMのスキルを吟味したり,不足しているマネジメント・スキルがある場合には会社側で手当てしたりすること(そのスキルに長けたメンバーを相談役に付けるなど)が重要だという。「PMが不足している」という現実の前では難しい課題だが,これは吉田氏が実践してきたことである。

 誌面の都合で講演者3人の考えを詳しく記すことはできないが,本園氏は『プロマネを独りにさせない方法』,高橋氏は『PMO(プロジェクトマネジメントオフィス)を生かす』という連載を通して,プロジェクトマネジメントのあり方を論じている。7月1日にオープンしたITproの「プロジェクトマネジメント」サイトや,「経営とIT」サイトに掲載しているので,興味のある方はご覧いただきたい。