島根大学で2007年度から「オープンソースと地域振興」をテーマにした講義が行われている。オープンソースをテーマにした講義というだけでも珍しいが,この講義のものすごいところは,第一線で施策や開発,ビジネス,教育を現在進行形で行っている当事者が週替わりで教壇に立つことだ。Rubyの作者まつもとゆきひろ氏,長崎県のCIO 島村秀世氏,Ruby City Matsueプロジェクトの仕掛け人である松江市産業経済部参事 田中哲也氏,オープンソースを利用したビジネスを推進している伊藤忠テクノソリューションズ・執行役員 鈴木誠治氏,Java VM上のRuby実行環境JRubyの開発者であるSun MicrosystemsのTim Bray氏とCharles Nutter氏,上海教育ソフト発展会社社長の張永忠氏と上海遠距離教育グループ 電達情報技術有 副社長 郭永進氏など日本に留まらない(講義Blog)。

 例えば長崎県のCIO 島村秀世氏は,オープンソース・ソフトウエアを活用した県のITシステム調達改革を行い,ITコストの削減と地域のIT産業振興を行っている。その内容は,システムの調達仕様を県の情報システム部門が作成し,小さな単位で分割発注することで地元の小さなIT企業でも受注できるようにすることだ。また開発したシステムはオープンソース・ソフトウエアとして公開し,市町村など他の自治体で再利用できるようにする。その際のカスタマイズなどで地元IT企業のビジネス・チャンスも拡大する。これまで,IT調達がITゼネコンと呼ばれる大企業に任せきりになってきたことで,地元のIT企業参入の機会が阻害されてきたと島村氏は言う。

 島村氏によるこの改革は大きな抵抗に遭った。しかし島村氏が自ら仕様を書き新しい仕組みとシステムを作り上げ,実績を積み重ねていった。地元企業による電子県庁システムへの参入は,2002年度以前は実績がなかったのに対し,2003年度は件数で47.9%,金額で15.2%になった。2007年度は件数で88.1%,金額で62.8%にまで達している。島村氏らによるこの取り組みは自治体関係者の間で「長崎モデル」と呼ばれている(関連記事「抵抗と戦い自治体の『丸投げ意識』を変えた」――長崎県 島村秀世氏)。

 後期にはRubyのプログラミングを学ぶ講義が行われる。こちらもすごい。昨年はまつもとゆきひろ氏を筆頭に,Rubyに正式採用された新仮想マシンYARVの作者笹田耕一氏,日本Rubyの会会長で「高橋メソッド」で知られるツインスパークの高橋征義氏,「JavaからRubyへ」の翻訳や日本Rubyの会での活動などで知られる角谷信太郎氏など,Rubyとそのコミュニティを作り動かしている張本人が学生にRubyを教えた(関連記事)。

 

島根大学教授 野田哲夫氏
島根大学教授 野田哲夫氏
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 この豪華な講義を企画し運営しているのが島根大学法文学部教授で総合情報処理センター長でもある野田哲夫氏だ。野田氏は,産官学がオープンソースによる産業振興を目的に結成した「しまねOSS協議会」の副会長でもある。しまねOSS協議会は,松江市の「Ruby City Matsue」プロジェクトの実行部隊であり,野田氏はその司令塔となって活動している。日本Ruby会議やオープンソース・カンファレンスで若い技術者に交じってライトニング・トークに登壇し「Ruby City Matsue」をアピールする,その大学教授とは思えないほどの行動力が,今回のありえない講義を実現できた理由なのだろう。

 記者も先日,この講義でお話をさせていただいてきた。記者は当事者ではなく取材して記事を書くことが仕事だが,一人くらいそういう人間がいても面白いと思われたのか,話をしないかとお誘いいただいた。慣れないことなので講義メモを作ったのだが,いつもの調子で書いていたら原稿のようになってしまった。伝えたかったことは「オープンソース・ソフトウエアは狭義のコンピュータに留まらずデジタルTVや携帯電話といった家電,ハードウエアそのものにまで及ぶ普遍的な存在であること」。また「時間と空間を超え複製コストが事実上ゼロのネットワーク上で,何かを作り上げる方法としてオープンソースはそのメインストリームであり,オープンソース・ソフトウエアの方法にこれから何かを作り上げるための成功のヒントを得えられるのではないか」ということだ。

 以前にITproで書いたことがある内容もある。しかし聴講された学生の方からは「初めて,オープンソースを身近に感じるようになった」という感想をいただいたので,ここに掲載させていただく。記者の考えてきたことをまとめる上でもよいきっかけとなった。貴重な機会をくださった野田氏に改めて感謝したい。

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 はじめまして,ITproというWebサイトで編集者と記者をやっている高橋といいます。自己紹介をさせていただきますと,私は,ここ10年弱くらい,オープンソースを中心的なテーマとして追いかけてきました。

 その理由は2つあります。