前回の「さらば後入先出法(前編)」から2週間後,別の顧問先企業を訪れたときのこと。

「タカダ先生,後入先出法について質問したいのですが…」

 げっ! 筆者は一瞬,資材部長の発言でデジャビュ(既視感)に陥りました。しかし,なるほど,これだけ原材料や商品の価格が上昇する時代,後入先出法に関心を持つ企業があっても不思議ではありません。

「別にいまさら,棚卸資産の評価方法を後入先出法に変更する気はないですがね。後入先出法はいずれ,簿記のテキストなどから消え去る運命でしょう。だったら,いまのうちに概要だけでも知っておきたいと思いまして」
意外と殊勝な心構えです。それなら簡単に説明しておきましょう。

 後入先出法には,以下の3種類があります。

(1)期別後入先出法
(2)月別後入先出法
(3)そのつど後入先出法

「期別・月別・そのつど,といった区分は,先入先出法や平均原価法にもありますね」

 数量や単価の求め方といった会計テクニックに,後入れ・先入れ・平均原価で違いはありません。ただし,そうしたテクニックに昨今の物価上昇という要因が加わると,特に「(1)期別後入先出法」は際立った特徴を見せます。なにしろ,期首の低い価格を温存するのですから,物価上昇期には貸借対照表の棚卸資産評価額を最も低く抑えることができます。業績のよい企業の節税策として,なかなか「おいしい」評価方法です。

「でも,物価が下落しているときには,棚卸資産評価額が最も高くなって,節税効果が働かない可能性もありますね」

 そんなことはありませんよ。後入先出法に低価基準を抱き合わせれば,直近の時価にまで評価を落とすことができるので,物価下落時であってもそれほど不利にはなりません。

「その低価基準ですが,『切り放し法』と『洗い替え法』で違いはあるのですか?」

 それについては企業会計基準委員会『棚卸資産に関する会計基準』56項以降で,切り放しと洗い替え両法の問題点が指摘されています。特に後入先出法の場合は,法人税法施行令28条2項本文カッコ書きにおいて切り放し低価法が除外され,洗い替え低価法のみの採用となっているのは注意すべき事項です。

 切り放し低価法が除外される理由は,低い評価額のまま切り放されて翌期以降へ持ち越されると,物価上昇時だけでなく物価下落時においても棚卸資産が低い価額で維持されることになってしまい,先入先出法など他の評価方法と比べて著しく不合理になるからです。とはいえ,洗い替え法だけでも,後入先出法の有利さは決定的なものがありますが。結局,物価が上がろうが下がろうが,損益計算書の利益を自在に操ることができる評価方法だといえます。

「むずかしいですねぇ。経理処理が,ややこしくないですか?」
もちろん,むずかしいし,ややこしいです。しかし,利益操作という観点に立つと,強大なる力を持っているのも確かです。

 ところが,後入先出法については,実際のモノの流れに合致しないという「常識」が一般に流布されていて,幸か不幸か,ほとんどの企業で採用されずにきました。後入先出法は,企業会計におけるパンドラの箱ともいうべきものです。数多くの企業によって箱が明けられる前に,IFRS(国際財務報告基準)が葬り去ったのは「奇貨おくべからず」といえるかもしれません。

「ところで,そのIFRSって,IAS(国際会計基準)とは違うんですか?」
両者を混同して用いている場合があって,紛らわしいですね。

 2001年以前はIASC(国際会計基準委員会)がIASを作成していました。2001年にIASCの組織が改編されてIASB(国際会計基準審議会)となり,それ以降はIFRSになっています。

「英文字が並んで,わかりづらいです」
次のにまとめておきましょう。

図●IASとIFRSの関係
図●IASとIFRSの関係

 いまはIFRSという用語を使っておけば,まず間違いないでしょう。

「それにしても日本の会計制度って,欧米に押されっぱなしですよねぇ」

 日本の制度は会社法をはじめとして,世界に通用しない「偉大なるローカル・ルール」に安住してきたのですから,いまになって欧米からの攻勢に「後手後手」の対応となるのはやむを得ません。

「なるほど,日本の会計制度自体が『後入先出法』なわけですか」

 棚卸資産やら会計制度やらすべてが払い出されて最後に残されたものが,ニッポン企業にとって「希望」になるのか「絶望」になるのかは,パンドラ嬢に箱をプレゼントしたゼウスの神のみぞ知る,といったところでしょう。

■高田 直芳 (たかだ なおよし)

【略歴】
 公認会計士。某都市銀行から某監査法人を経て,現在,栃木県小山市で高田公認会計士税理士事務所と,CPA Factory Co.,Ltd.を経営。

【著書】
 「明快!経営分析バイブル」(講談社),「連結キャッシュフロー会計・最短マスターマニュアル」「株式公開・最短実現マニュアル」(共に明日香出版社),「[決定版]ほんとうにわかる経営分析」「[決定版]ほんとうにわかる管理会計&戦略会計」(共にPHP研究所)など。

【ホームページ】
事務所のホームページ「麦わら坊の会計雑学講座」
http://www2s.biglobe.ne.jp/~njtakada/