今年(2008年)の3月上旬に顧問先企業を訪れて,筆者が制作した原価計算ソフト『原価計算工房』のバージョンアップ作業を行なっているときのこと。

「タカダ先生,作業中,聞き捨てで構わないのですけど,棚卸資産の評価方法に後入先出法を採用する場合,何か制約みたいなものはあるのですか?」

 バーションアップを滞りなく進めているときに,聞き捨てするには容易ならぬ内容ですねぇ。筆者はキーボードを打つ手を休めて,経理部長のほうを振り返りました

「あ,いえ,日本の会計基準でいずれ,後入先出法が廃止されるという話を聞いたものですから」

 失うと余計に恋しくなって足掻(あが)きたくなる,という気持ちと同じですね。筆者は思わず正面に座る人物の,バーコード状にきれいに揃(そろ)えられた頭頂部に視線がいきました。

「それとこれとは話が別ですよ」
経理部長は筆者の視線に気がつき,ムッとした表情で筆者を見返してきました。

 まぁまぁ,機嫌を悪くしないでください。後入先出法はその命脈が尽きようとしていますから,「追悼」の意味をこめて,簡単に説明しておきましょう。

評価の「基準」と「方法」はまったく異なる

 まず,棚卸資産に関しては,第43回で紹介した『棚卸資産の評価に関する会計基準』(注1)があります。ただし,これは評価基準に関するものです。

「え~っと,『評価方法』とは異なるのですか?」
評価基準と評価方法は,まったく異なるものです。

 評価基準とは,原価基準(原価法)や低価基準(低価法)のことをいいます。評価方法とは,後入先出法のほか,個別法・先入先出法・平均原価法・売価還元法などのことをいいます。ちなみに有価証券のほうでも,評価基準と評価方法の違いがあります。評価の「基準」と「方法」を区別していない企業が多いので,気をつけるようにしてください。

 話を評価方法に戻しましょう。

 後入先出法については,企業会計審議会『企業会計原則注解21』において次のように定義されています。

【後入先出法】
最も新しく取得されたものから払い出しが行われ,期末たな卸品は最も古く取得されたものからなるものとみなして,期末たな卸品の価額を算定する方法

 後入先出法の特徴としては,以下の4つの点を挙げることができます。

(1)仕入価格の変動を,損益計算書の利益から排除できること
(2)昨今のように物価が上昇しているとき,貸借対照表に計上された商品から「含み益」を排除できること
(3)上記2の反動として,貸借対照表に計上された商品の帳簿価額と時価とが乖離(かいり)すること
(4)実際のモノの流れと一致しないこと

「上場企業などで後入先出法を採用しているところはあるのですか?」

 金属業界や化学業界を中心に,50社前後あるとされています。これらの業界が扱う棚卸資産は海外市況に大きく左右されます。後入先出法を採用することによって,上記2の特徴を最大限に生かすことができるといえるでしょう。

「なるほど,鉄鉱石や石油などは,長く保管しておいても腐らないですものね。実際に,後から仕入れたものを先に払い出したって差し支えないわけだ」

 ただし,一般には上記4の点が嫌われて,国際財務報告基準(IFRS)では後入先出法が禁止されています(注2)。日本の会計基準もこのIFRSに倣って,後入先出法が2010年4月から廃止されます。廃止されるといっても,対象は上場企業だけですけどね。

「そうなると,非上場の当社が後入先出法を採用しても問題ないわけだ」

 ああ,部長のいう「聞き捨てで構わない」というのは,そこへ繋がるわけですか。問題はないですけれど,やめておいたほうが無難ですよ。後入先出法といっても「期別&切り放し低価法」のセットでなければ「利益操作の余地」はほとんどありませんし,そもそも「切り放し低価法」のほうはIFRSの適用を待たなくても禁じ手ですから。

 筆者が経理部長をジロリと睨(にら)むと,彼は肩をすくめて見せました。ほら,白状しちゃいなさいよ。利益操作のノウハウを探しているんでしょ?

「や,やめてくださいよ,タカダ先生,そういう決めつけかたは…。私は,ちょっと節税対策はないものかと思っただけですから」
ふ~ん,節税ねぇ。

 後入先出法は,毒性の強い節税対策であることは確かです。多くの企業が節税効果,というか,後入先出法に隠された副作用を知らないままこの評価方法が葬り去られるのは,筆者のような立場からすれば,ある意味で望ましいことなのかもしれませんね。

(注1)企業会計基準第9号。通称「棚卸資産会計基準」
(注2)正確には「国際会計基準第2号/棚卸資産」です

■高田 直芳 (たかだ なおよし)

【略歴】
 公認会計士。某都市銀行から某監査法人を経て,現在,栃木県小山市で高田公認会計士税理士事務所と,CPA Factory Co.,Ltd.を経営。

【著書】
 「明快!経営分析バイブル」(講談社),「連結キャッシュフロー会計・最短マスターマニュアル」「株式公開・最短実現マニュアル」(共に明日香出版社),「[決定版]ほんとうにわかる経営分析」「[決定版]ほんとうにわかる管理会計&戦略会計」(共にPHP研究所)など。

【ホームページ】
事務所のホームページ「麦わら坊の会計雑学講座」
http://www2s.biglobe.ne.jp/~njtakada/