米国時間2008年5月3日,米Microsoftによる米Yahoo!の買収劇は,一応の決着を見た。Microsoftの提示額をYahoo!の経営陣が最後まで拒否,Microsoftはこれ以上金額をつり上げられないと撤退を決め,長らくこうちゃく状態にあった攻防戦に終止符を打った(関連記事:【速報】Microsoft,Yahoo!への買収提案を撤回)。

 即日Microsoftは声明を出し,今後はWeb関連技術に積極的な投資を行い,自社のスタッフやYahoo!以外のビジネス・パートナーと検索と広告サービスで顧客満足度を高めていくと発表した。Microsoft CEOのSteve Ballmer氏もYahoo! CEOのJerry Yang氏にあてた書簡の中で,有能な自社スタッフとビジネス・パートナーとの戦略的連携によって技術革新していくとし,今後はYahoo!との合併以外の道で前進していくと語った。Yahoo!の会長も同日声明を発表,株主利益の最大化と戦略的機会を追求し,Yahoo!を成功に導くとした。

 これで結果的に,両社ともそれぞれの道を歩むことになったというわけだ。今回の買収劇に関する海外メディアの記事の量は膨大で,これまでさまざまな論調で報じられてきたが,それらを見ていると,これが両社にとって最善の策だったのだろうか?という思いがしてならない。それら記事の中からいくつか興味深いものを取り上げながら今回の買収劇について考えてみたい。

食い違う両者の説明

 New York Timesの6日付の「Microsoftは頑固者,とYahoo!のCEO」と題する記事では,Yahoo!とMicrosoftに取材しており,両者のそれぞれの言い分を掲載している。それによると,Yahoo!のYang CEOは,当初からMicrosoftへYahoo!を売却することを念頭において交渉してきたという。同氏によれば,MicrosoftのBallmer CEOらは交渉を拒否し,最終的に多くを説明することなく提案を取り下げてしまったという。「彼らは,我々が価格を提示した後,交渉の場から立ち去った。彼らは交渉したくはなかったのだ」とYang氏は説明している。

 しかしこのYang氏の説明は,Microsoft側のそれとは食い違っていることが分かる。同記事によれば,Yang氏側はあくまでも買収価格を1株37ドルと決めており,一歩も譲らなかったとMicrosoftは説明している。また買収提案後のこの3カ月間,MicrosoftはYahoo!からいかなる対案も受けとっていないと話している(New York Timesの記事)。つまりどちらも相手が交渉のテーブルにつかなかった,ネゴシエーション,つまり話をまとめるための努力をしなかったと言っている。どちらの言い分が正しいのか定かではないが,今回の件は,単に金額で折り合いがつかなかっただけではなく,双方の企業文化の違いによる何らかの誤解に端を発した決定的な不和が生じてしまった。そんな気がする。

 このあたりの背景を簡単に振り返ってみる。Microsoftの当初の提示額は1株当たり31ドル(総額は446億ドル)だった。これは,1月31日のYahoo!の株価に62%のプレミアム(上乗せ)を加えた額だったが,Yahoo!はこれを「著しい過小評価」と拒否した。結局5月の第1週目,Microsoftは提示額を33ドルに引き上げる用意があるとYahoo!に告げた。これは先の総額に50億ドル上乗せすることを意味する。そして,5月3日の土曜日,Yang氏とYahoo!共同設立者のDavid Filo氏はシアトル空港でBallmer氏らと会談を持った。ここでYang氏らは,Microsoftの提案する33ドルではなく,37ドルという価格に固執した。これはMicrosoftがさらに50億ドル以上を多く支払うことを意味するのだが,Ballmer氏は,この会談終了後,Yang氏あてに買収提案撤回の公開書簡を書いた。これがおおまかな経緯だ。

 さらにその1週間後,MicrosoftはYahoo!の取締役会に送り込むつもりだった候補者たちをその役目から解いている。これを受けて,「Microsoftにはもはや株式公開買付の必要もなくなった。買収に賛同する取締役も不要になった」とメディアが報じた。これと前後して報道されたMicrosoft幹部のコメントなどを総合して,「Microsoftはもうこの話を過去のものと考えている」などとも伝えられるようになった(関連記事:Microsoft,Yahoo!新役員の候補者を解放)。

Yahoo!の苦悩---ままならぬ株主利益の最大化

 しかしこの話は本当にこれで終わってしまったのか,両社にとってこれでよかったのか---。そんな疑問が残る。そもそもMicrosoftのYahoo!買収提案は,Yahoo!の業績不振に端を発している。Yahoo!はちょうど1年前,経営改革に着手し,CEO交代,組織再編,新たな検索広告販売システムの投入と新戦略計画を進めてきた(関連記事:新生Yahoo!よ,どこへ行く!!

 しかしYahoo!はこれら施策を迅速に業績に反映させられず,株主を失望させた。1月29日の決算発表後同社株は急落し,Microsoftの買収提案はそんなタイミングで発表された(関連記事:米MSが米ヤフーに買収提案,ヤフーは「慎重かつ速やかに検討」)。同日,経営のジレンマからの脱却や,株価プレミアムといった期待感から,Yahoo!株は反発し,後のYahoo!株はほぼその水準を保ったまま推移してきた。この3カ月間,買収提案効果が持続していたわけだ。

 そして今回のMicrosoftの撤退発表を受けて,同社株は15%下落し24.47ドルまで下げた。その後若干持ち直してはいるものの,いつまた急落するかわからない。Yahoo!の経営陣が今最もおそれていることは,買収提案前の水準までに下がってしまうことだろう。そのときこそ株主から完全に見切りをつけられるということをYang氏も認識しているはずだ(図1)。

図1●Yahoo!株価の推移   図1●Yahoo!株価の推移
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 Yahoo! CEOのYang氏が今抱えている問題は,そうした不満だらけの株主の対処だとNew York Timesの記事は報じている。例えばYahoo!はMicrosoftの提案撤回発表を受けて,発表文の中で次のように述べている。

 「Yahoo!の経営陣は当初から,MicrosoftがYahoo!を過小評価しているという考えを貫いてきた。そして多くの株主がこの考えに賛同してくれたことをうれしく思う」(3日付のYahoo!の声明)---。

 記事によれば,Capital Research Global Investorsポートフォリオ・マネージャのGordon Crawford氏はこの言葉に異論を唱えているという。「Yahoo!経営陣に賛同した株主とは誰のことだか教えて欲しい。私が知っている限りそんな株主は1人もいない」(同氏)。同氏の会社はYahoo!株の6%を保有しており,親会社の持分も合わせると16%となる。グループ全体で現在のYahoo!の筆頭株主となっている。Yahoo!は,株主利益の最大化を目指すと説明しているが,実際に行っていることはその正反対。株主らはそう反発しているという(関連記事:Yahoo!は買収されてしまうのか? Microsoftと株主の圧力に苦悩するYang氏)。