1960 年生まれ,独身フリー・プログラマの生態とは? 日経ソフトウエアの人気連載「フリー・プログラマの華麗な生活」からより抜きの記事をお送りします。2001年上旬の連載開始当初から,2007年に至るまでの生活を振り返って,週2回のペースで公開していく予定です。プログラミングに興味がある人もない人も,フリー・プログラマを目指している人もそうでない人も,“華麗”とはほど遠い,フリー・プログラマの生活をちょっと覗いてみませんか。

 ついに法人化を避けていられなくなった。以前の原稿で私は,「自分が考え出した様々なやり方(ソリューション)をみんなが実践して幸せになってもらいたい」ということが仕事をする動機付けの一つになっていると書いた。だが,私一人で実践していただけでは自己満足で終わってしまう。ソリューションは,他の人に伝授し,実践してもらうことで,初めてそう呼ぶのにふさわしいものになるはずだ。

 それには,私のやり方を受け入れて実践してくれる人(あるいは組織)を自前で用意するか,自分が仕事を出す際に仕事のやり方に対してイニシアティブを取れるようにしておく必要がある。そのように考えたあげく,法人化が不可欠という結論に達したのだ。それに,誰かが私のやり方を肩代わりしてやってくれるようになれば,私はそれだけ楽になる。楽になった分は新たなソリューションづくりに費やせる。いわゆる拡大再生産だ。

 ほかにも,もろもろの理由はあったが,「2001 年内に法人を設立するぞ!」と決意したのは2001 年10 月だった。で,登記を完了したのは12 月28 日。2000 年度の青色申告のときにも似た相変わらずのスリリングさだ。もっとも,こちらは遅れたらどうなるというものではないので気持ちの問題だが。以下にその間の経緯を,ステップを踏んで振り返ってみよう。

 ステップその1 は,「周囲のコンセンサスを得る」だった。「法人化するぞー」と声高に宣言して,周囲の様子をうかがってみるのである。前回ご登場いただいた税理士の植野さんに相談し,司法書士の阿部恒悦さんを紹介してもらう。次に同業の知人に相談。フリーのデザイナをしている妹に相談,この辺までは簡単にクリアできた。難関は親だった。「そんなに手を広げて大丈夫なの?」と案じてくれる親を,いいかげんな言葉で適当になだめてやり過ごすというのは,決して気持ちのいいものではない。そう思いつつも,結局は「もうオトナだから大丈夫」みたいなことを言ってすませたような気がする。

 ステップその2 は「商号を決める」である。これは悩んだ。1999年に個人事業の開業届を出したときから考え続け,まだ決まっていなかったのだ(開業届には屋号または商号を記入する欄があるが,書かなくてもよい)。妹とメールで何度かやり取りをしているうちに提案されたのが「有限会社ねこなっく」である。確かに猫は2 匹飼っているが,それほど愛猫家というわけでもない。しかし,妹の「要は慣れでしょ」といった言葉に妙に説得力を感じて決めてしまった。ただし,ひとつだけこだわりを入れた。NASDAQ とかCompaq などと同様「Q止め」にしたのだ。だから,英語で表記するときはNEKONAQ である。阿部さんには類似商号がないことを調べてもらった。

 ステップ3 は「定款作り」。定款には,法人の目的,つまり業務の内容を書く必要がある。定款の変更は費用と時間がかかるので,差し支えない範囲でたくさん書いておくとよいらしい。ネットで調べながらずらずらと書き出してみた。これに2 日ほどかかった。その後,阿部さんの手によってちゃんとした形になるまでに1 週間くらいかかっただろうか。作成した定款は,最後に公証役場で認証を受ける。この際は,印鑑証明,委任状,法人の実印などが必要である。

 そしてステップ4。法人登記をする際には,会社の資本金を銀行に預かってもらって「保管証明」という書類を出してもらい,「こちらの銀行で資本金を預かってもらっていますから,登記させてください」と役所に届け出る。私は東京三菱銀行池袋支店の口座をずっと使ってきたが,自分の財布代わりに使っているので預金通帳がとてもきたない。もちろん平均預金残高は悲惨なものである。こんな預金者に,銀行は保管証明を出してくれるものだろうか。

 銀行に電話で問い合わせると「公証役場で認証を受けた定款と,印鑑証明を持ってきてください」と指示された。しかも「審査の結果によっては,ご辞退申しあげるかもしれません」と言うではないか。銀行へ行って,保管証明の申込用紙にいろいろ記入して提出した。審査に10 日ほどかかるらしい。おそるおそる尋ねてみると「平均預金残高は審査には関係ありません」とのこと。とすると,いったい何が審査されるのか?

 よくわからない不安な気持ちのままで約10 日。ついに銀行から電話があった。「保管証明の手続きをしますので銀行までいらしてください」。本当に事務的な,そっけない連絡だった。「おめでとうございます」の一言ぐらい言ってくれたら,こちらだって「ありがとうございました」とか「いやー,この一週間生きた心地がしませんでした」とか返せるのに。銀行の窓口に保管証明を受け取りに行ったのは,その翌 日,12 月20 日のことであった。

 年内に手続きを済ませたかったので,銀行からコンビニに駆け込んで保管証明を阿部さんに発送する。21 日に阿部さんからメール。「本日,設立登記を申請しました。登記完了予定は28日とのことでした」。かくして2001 年12 月21 日,有限会社ねこなっくの設立である。ついに,あんなにいやだった「社長」になってしまった(ただし,名刺に書く肩書きは未定である)。法人の登記謄本を銀行に持っていくと,法人口座を作って資本金をその口座に入れてくれる。法人用キャッシュカードも作ってくれる。この段階で銀行に預けた資本金をやっと引き出せるようになるのである。

 今まで私は,ひたすら働いて,とりあえず自分の口を糊することだけしか考えていなかった。ここに来て,やっと少しだけ将来のこと,次のことを考えるようになった。オレも少しは成長したのかなあ…。ちょっとクサイけど,これが今の正直な気持ちだ。