画面転送型のシン・クライアントを選んだJTBグループは,第2回で紹介した2社とは違う発想で方式を選んだ。JTB情報システムの伊藤博敏執行役員会計システム1部長会計システム2部長は,「社員の業務環境をすべて移行するのではなく,単一のアプリケーションをサーバー・ベースに移行するだけだったので画面転送型で十分だった」と語る。同社は特別なサーバー用ソフトを使わず,Windows Server 2003が標準で備える機能だけでシン・クライアントを実現した。

「JTB グループ」Windows標準機能でも十分実用

 同社は前述の2社のような特別な効果をシン・クライアントによって得たわけではない。それでも,シン・クライアントのそもそもの導入目的であるトータル・コストの削減といった点については,同社はWindowsが備える標準機能だけで十分に効果を得られた。

 JTBグループは2007年2月から,全国447カ所にある約6500台の端末で動作する会計システムを,画面転送型のシン・クライアント・システムに移行した。この6500台に分散していた会計システムのクライアント・ソフトを,Windows Server 2003の標準機能である「Terminal Service」を使い,数台のサーバーに集約した。

 画面転送型のシン・クライアント・システムとしては,このほかTerminal Serviceをベースに描画や印刷機能などを強化した米シトリックス・システムズのミドルウエア「Citrix XenApp」(旧名Citrix Presentation Server,MetaFrame),米サン・マイクロシステムズの「Sun Ray」などがある。伊藤執行役員は,「シトリックスのソフトを導入すれば,なめらかな描画を実現できる。しかし今回はTerminal Serviceでも十分な性能を発揮していると判断した」と説明する。

導入に向くシーンは実は幅広い

 JTBグループのように特定のアプリケーションの利用に限定しなくても,画面転送型を導入するケースが増えてきた。

 2005年1月からシン・クライアントの全社導入を進めている日立製作所は,当初はユーザー個別の環境を用意できることを重視して,自社で開発したブレードPC型を中心に導入を進めていた。だが最近は,ブレードPC型に加えて画面転送型で対応するケースが増えている。「実際にシン・クライアントの運用を開始してみると,(米マイクロソフトの)Officeやメールさえ使えれば業務に支障が無いユーザーが多かった。そのためOSやアプリケーションを複数ユーザーが共有する画面転送型でも問題ない場合が多い」(日立製作所セキュアユビキタスソリューションセンタの岡田純センタ長)という。

 ただし,画面転送型には悩みもある。サーバー設計が難しいのだ。高岳製作所は,約100台規模の画面転送型のシン・クライアントを導入している。同社業務改革推進本部情報システム部 本社情報システムグループの丹羽義延氏は,「アプリケーションによっては起動時にサーバーのCPUリソースを大量に消費する。このようなケースがあるため,サーバーに収容するユーザー数を設定するのが難しい。運用しながら調整するしかない」と語る。

画面転送型は2008年に進化

 画面転送型のシン・クライアントは2008年に多くの機能強化が見込める。2月に出荷開始したマイクロソフトの新サーバーOS「Windows Server 2008」が,シン・クライアント機能を提供する「Terminal Service」を強化したからだ(図A)。

図A●Windows Server 2008ではシン・クライアント機能を強化
図A●Windows Server 2008ではシン・クライアント機能を強化
サーバー上のアプリケーションをローカルで動作するアプリケーションと区別することなく利用できるようになる

 新しい点は,個別のアプリケーション単位で画面を転送できるようになったこと。ユーザーは,サーバー上のアプリケーションとクライアント上で動作するアプリケーションを区別なく扱えるため,使い勝手は格段に良くなった。これまではデスクトップ画面全体の情報をサーバーからクライアントに転送していた。

利用帯域幅を改善,描画性能が向上

 さらに標準機能としてHTTPSを使う通信手段が加わった。企業内のサーバーに対して,これまでよりも安全にアクセスできるようになる。Terminal Serviceの通信プロトコルであるRDPも,利用帯域幅を改善するなどにより描画性能を高めた。

 これらの強化点によって,専用アプリケーションを利用せず,Windows Serverの標準機能だけでシン・クライアント・システムを構築することが容易になる。

 Server 2008の出荷に先立ち,マイクロソフトは2008年1月,RDP機能を強化することなどを目的に新興企業の米カリスタ・テクノロジーを買収。「カリスタの技術を使うことで画面転送のアルゴリズムを強化でき,描画能力が求められる簡易なCADなどが利用可能になる。今後Server 2008の追加機能として配布することも検討している」(マイクロソフト サーバープラットフォームビジネス本部Windows Server製品部の藤本浩司マネージャ)という。

 米シトリックス・システムズも,Windows Server 2008に対応したCitrix XenAppの新版を発売する計画。さらに2008年第2四半期以降に,新たにサーバーやデスクトップ環境の仮想化製品も2008年第3四半期に発売する。「ユーザー個別のデスクトップ環境をサーバー上に仮想的に構築できる」(シトリックス・システムズ・ジャパン マーケティング本部の今野尚昭プロダクトマーケティング担当部長)。ユーザー個別の環境が作れなかった画面転送型の弱点が解消される。