すでに1カ月前のことになるが,最高裁は2008年3月6日,住民が自治体を相手取って起こした「住民基本台帳ネットワーク(以下,住基ネット)からの住民票コード削除を求める」という裁判で,住民側敗訴の判決を下した。判決の内容は,北岡弘章弁護士に執筆をお願いしている「知っておきたいIT法律入門」で数回にわたって紹介している。その第1回である「住基ネット最高裁判決(1)自己情報コントロール権には言及せず」は,この3月28日に公開したところだ。

 住基ネットの開始時点で危惧されていた“セキュリティの不備による個人情報流出”の危険性は,この裁判では問題とならなかった。大阪高裁は同裁判において住民票コードの削除要求を認めた住民勝訴の判決を下したが,そこでも「住基ネットのセキュリティが不備なため(略)本人確認情報が漏えいする具体的な危険はない」と事実認定している。今回の最高裁判決も,セキュリティ問題については,大阪高裁の事実認定を踏襲(とうしゅう)したものとなっている。

 それでは,なぜ大阪高裁は住民勝訴となり,最高裁ではそれが覆されたのか。最高裁の判決文(PDF)や北岡弁護士の解説を読むと,ポイントの1つは行政個人情報保護法と住民基本台帳法(以下,住基法)のどちらを優先するかにあったようだ。

 大阪高裁の判決は,行政個人情報保護法を住基法より優先させている。そして「行政個人情報保護法は,行政機関の裁量により利用目的を変更して個人情報を保有することを許容」(判決文より引用,以下同)しているため,本人確認情報の目的外利用があったとしても「本人確認情報の目的外利用を制限する住基法30条の34に違反することにはならない」と指摘。結果として,「本人の予期しないときに予期しない範囲で行政機関に保有され,利用される具体的な危険が生じている」という結論を導き出している。

 これに対し最高裁は,「本人確認情報については,住基法中の保護規定が行政個人情報保護法の規定に優先して適用されると解すべき」として大阪高裁の判断を否定。住基ネットにおける本人確認情報の目的外利用は,法律によって適切に制限されているとする。

 面白い,というと不謹慎だろうが,矛盾する複数の法律が存在する場合,どちらを優先するかという比較的基本的に思える事項で,裁判官によってまったく逆の判断が出たことになる。下級審の判決が上級審で覆されること自体は,ニュースなどでしばしば目にするし,取り立てて騒ぐほどのことではないのかも知れない。しかし,刑事裁判で新しい証拠・証言が出てきたケースとは異なり,今回の裁判では机上の法解釈の違いが,判決を左右したことになる。

 以上は,法律の素人である記者が,判決文や北岡弁護士の解説を読んで考えたことであり,知識不足による誤解が含まれている可能性もある。同判決についての北岡弁護士の解説は今後も数回にわたって続く。自分自身の理解を確認するためにも,今週前半に到着する予定の次回原稿を楽しみにしているところだ。