それにしても胸を衝く言葉が次々と飛び出す。つくづくそう感じたのが,昨年末に掲載した梅田望夫氏とまつもとゆきひろ氏の対談だった。対談は読者から大きな反響をいただき,両氏のご厚意をいただき第2弾も行われた。間もなくお届けできる見込みであり,ご期待いただきたい。

 それにしてもなぜこのような心を揺さぶる言葉を発することができるのだろう。自分も文章をなりわいとしているが,喚起するものがあまりに違う。記者は事実を,客観的に伝えることがよしとされている。そのためだろうかと考えたりもした。

 しかしある本を読み,思い至った。梅田氏やまつもと氏の言葉が我々をはっとさせるのは,彼らが表現の技巧や修飾に長けているためではない。彼らも,彼らに見える世界をありのままに描写して言葉にしているのだ。ただ,その目に映る世界が我々の見ているものと異なるのだと。

 ある本とは梅田望夫氏の「ウェブ時代5つの定理」だ。梅田氏が未来を見通すために「ある種の人々」が英語で発する「切れ味の良い言葉」を集めた本だという。「ある種の人々」とは,テクノロジー業界の最先端を走る,起業家や投資家,技術者,企業経営者,大学経営者など未来を見通す目を持つ「ビジョナリー」と呼ばれる人々。「5つの定理」とは,アントレプレナーシップ(起業家精神),チーム力,技術者の眼,グーグリネス(Googleらしさ),大人の流儀(成熟した個としての仕事や生き方のスタイル)に関する,Google共同創業者Sergey Brin氏とLarry Page氏,Google CEO Eric Schmidt氏,Tim O'Reily氏,Amazon CEOのJeff Bezos氏,Linus Torvalds氏,元Intel CEOのAndrew Geove氏,元DECのGordon Bell氏といったビジョナリーたちの言葉である。

 同じ風景を見ていても,彼らは我々に見えないものを見ることができる。経験豊かな猟師が獣の痕跡を見つけるように,船乗りが嵐の予兆を感じるように。

 人は言葉で世界を描写すると同時に,言葉を通して世界を認識する。言葉は対象を認識するための枠組みでもある。

 ビジョナリーが世界を表現する言葉を通じて,我々はそれまでそこにありながら見えなかった新しい世界を見ることができるようになる。いや,見えてはいても認識できていなかった本来のあり方に,ビジョナリーの言葉がくっきりと輪郭を与えるのだろう。だから我々は,その言葉が世界の本質をとらえていることを瞬時に理解するのだ。

 eBay has taught a hundreds and twenty milion people that that they can trust a complete stranger.

 「全く見ず知らずの人間でも信頼できる」ということを,eベイは1億2000万人もの人たちにわからせたのだ。

 オークション・サイトeBayの創業者Pirre Omisyar氏の言葉だ。

 「見ず知らずの人と,顔を合わせることも口をきくこともなく,モノを売り買いするなんてと,多くの人がトラブルを予想し,うまくいかないだろうと考えた」(梅田氏)。しかしそのような予想を覆し,ネットオークションは世界中の人々にとってごく当たり前のものになっていった。かつて大多数の人々の世界で,太陽は地球の周りを巡っていた。地球が太陽のまわりをまわる世界に住む人々が提示する言葉と証拠によって,いつしかほとんどの人々は天動説の世界から地動説の世界へ住むようになった。

 自分の行動に対して世界がどうリアクションするか,その“法則”も,彼らが思い描くものは我々のそれと異なる。見えない者は,今そこにあるものを摘み取るしかない。しかし“法則”を見つけたものは,種を蒔き,網を張ることで,未来に収穫を得ることができる。

 彼らにとって,世界はただそこにあるものではない。世界は変えるべきものだ。より良い場所へと。

 Silicon Valley is all about changing the world. It's all about changing the world for the better, and if you do that, you can be incredibly successful economically.

 シリコンバレーの存在理由は「世界を変える」こと。「世界を良い方向へ変える」ことだ。そしてそれをやり遂げれば,経済的にも信じられないほどの成功を手にできる。

 AppleのCEO,Steve Jobsの言葉だ。

 この気宇壮大な言葉が,シリコンバレーではリアリティを持っていると梅田氏は言う。そう考える人たち,そう心から信じて邁進してきた人たちが,実際に大きな成功を収めてきたからだと。

 I try to work on things that won't happen unless I do them.

 自分がやらない限り世に起こらないことを私はやる。

 梅田氏は著書の最後に,Sun Microsystems共同創業者でハッカーとしても名高いBill Joy氏のこの言葉を紹介している。

 おそらく,多くのビジョナリーたちも最初から他人に見えない世界が見えていたわけではない。何かを突き詰めて,トライし,幾度も失敗したなかで,新しい世界へ続く道のようなものを見い出し,その向こうへとたどりついたのだろう。

 自問してみる。自分は世界をよりよく変えていくことができるだろうか。ささやかでもいいから,自分なりにできることで。

 梅田氏は,彼らの言葉は,世界観や未来予測だけではなく,それを浴びることで「前へ向いて生きる希望やエネルギーを私に与えてくれていた」と言う。それは著名人の言葉だけでない。不動産屋からオフィスのリフォームを請け負う絨毯屋にいたるまでのシリコンバレーの街の人々の,次のような言葉が,勤めていた会社を辞め,シリコンバレーで独立して起業した梅田氏の背中を押してくれたのだと梅田氏は記している。

 That's the Way to go!

 それが進むべき道だ。