地味だが,最近,気になっている話題を三つ取り上げたい。

 一つ目は「SPEAK IPA版」。もともとSIベンダー大手の新日鉄ソリューションズが社内用に蓄積してきたノウハウの固まりなのだが,それをIPA(情報処理推進機構)に提供し,モディファイした上で広く世に役立てようというのが,このSPEAK IPA版だ。2007年9月にIPAから公開され,第一弾となる先行ユーザー2社の実証実験が今ちょうど終わるころである。

 SPEAK IPA版は,一言で言えば,ソフトウエア開発のプロセスを改善するためのモデルだ。CMMI(能力成熟度モデル統合)とよく似ているが,CMMIとの最大の違いはコストがあまりかからないことである。CMMIの認定を取得しようとすると,1000万円近いコストがかかる。SPEAK IPA版だとどの程度の金額になるか正確には分からないが,関係者によれば,それとは比較にならないくらい安価に済むという。CMMIに敷居の高さを感じている企業も,SPEAK IPA版なら手が届きやすくなる。ドキュメントはここからダウンロードできるので,興味がある人はのぞいてみてはいかがだろう。

 二つ目は「発注者ビュー検討会」。名前だけ聞くと何のことか分からないが,正式名称「実践的アプローチに基づく要求仕様の発注者ビュー検討会」を見ると想像できるように,情報システムの要件定義や設計のドキュメント標準を定義しようという試みだ。

 2007年9月に第1弾となる「画面編」が公開された。「日経SYSTEMS」2007年11月号の特集「意図が伝わる設計書の作り方」で,その中身を抜粋して掲載したところ,読者から大変な反響があった。画面編はここからダウンロードできる。今後「システム振舞い編」「データモデル編」の公開が予定されている。

 三つ目は「ソフトウェアファクトリ研究会」。「日経SYSTEMS」2006年9月号で特集「動き始めたソフトウエア・ファクトリー」を取り上げたのをきっかけに,有志が集まって2006年11月に発足した。それから1年強,1~2カ月に一回のペースでワークショップや講演が続けられてきた。特集を担当した西村崇記者が幹事の一人に入っており,話を聞くと現場担当者の立場と工学的な立場の両方からのアプローチを試みているようだ。

 ソフトウエアファクトリーとは,製造業の工場をモデルにソフトウエアを開発しようという試みである。詳しくはこちらを参照されたい。今,ITpro上でも何らかの形で研究会の成果を世に問えないか,西村記者と検討している。近く具現化できるのではないかと思っている。

 これら三つの話題に共通するのは“開発プロセスの成熟”ということである。IT業界は,米IBMのS360を起点とすれば,45年の歴史しかない。まだまだ成熟の過程になる。そのため,不必要に無駄な作業が発生してしまうことが多い。

 例えば,いったん発注してしまうと,途中でベンダーを変えられない。最近では,要件定義とそれ以降を別々に契約する分割発注も増えてきたが,これは主に見積もり精度の向上に役に立つもので,別々のベンダーに発注することはあまり想定されていない。もし,途中でベンダーを変えようものなら,ドキュメントを読み解くところから始めなければならないため,大変な手戻りが起こる。建設業界で設計と施工の会社を完全に分離できるのは,工程や設計書の作り方が統一されているためなのだ。それは業界の慣行に加え,建築基準法,建築士法などによって義務付けられていることが大きい。

 それに対して,情報システムの世界はどうか。どんなプロセスで開発しようが,どんなドキュメントを作成しようが,全く自由である。その結果…

 ・プロジェクトごとに工程の呼び名が違う(基本設計,外部設計など)
 ・各工程で実施するタスクが違う
 ・各工程で作成するドキュメントも違う
 ・同じ名前のドキュメントであっても記載するレベルが違う
 ・ドキュメントの体裁が違う(A4縦,B5横など)
 ・ドキュメントの管理体系が違う(フォルダの区切り方など)

 …ということになる。これだけ違うと,分割発注が難しくなるだけでなく,運用担当者への引き継ぎも面倒。保守開発担当者はフタコブらくだ(修正すべき個所を見極める調査と,修正した結果を検証するのに時間がかかることの例え)のくびきから逃れられない。会社ごとに違うのならまだしも,同じ会社の中でも事業部ごとに違う。同じ事業部の中でもプロジェクトごとに違うということも珍しくない。

 これは無駄な努力と言えよう。標準化は業界が成熟する一例だが,それも含めて業界としての様々な成熟化が必要なのだ。先に挙げた三つの話題は,いずれも成熟化に向けた小さな一歩にすぎない。記者の周りでも「どうせ使われないよ」といった声は実際に耳に入ってくる。そうかもしれない。それでもなお,IT業界の健全な発展を願う記者としては,このような一歩一歩を大事にしたい。そして,今後も動向をウォッチし,サイトを通じて情報を発信していきたい。たとえ地味な話題でも。