このところ,原材料価格の上昇に伴い,コスト管理に悲鳴を上げる企業が続出しています。その原因を探ると,「古き良き時代の原価計算制度」から脱却できていない企業の姿が浮かび上がります。従来の原価計算制度は市場の拡大を前提として,カイゼン活動によりコストダウンを図っていました。しかし,いまの経済は,競争を厭(いと)う縮小均衡型の性格を持ちながら,M&Aによって一気に市場シェアを奪おうとする弱肉強食型の性格も併せ持っています。

 こうした経営上層部による「切った張った」の戦略展開とは裏腹に「古き良き時代の郷愁」を引きずったままのコスト管理は,いまや崩壊寸前です。

 2008年1月からは追い打ちをかけるように,電力料金やガス料金が値上げされます。ビールも18年ぶりに値上げされるとか。こうした状況下で,企業が選択する道を考えてみました()。

表●コストアップ時代に企業が選択する道

(1)とにかく安い原材料を探す
(2)販売価格を値上げする

 これら以外にも選択肢は無数にあるでしょうが,ここでは2つに絞ります。

 まず,表の「(1)とにかく安い原材料を探す」を推し進めていくと,今後も牛肉ゼロ%の牛肉コロッケが流通したり,賞味期限切れ原材料の再利用が行なわれたりする可能性があります。製品のパッケージを小さくして,そこに含まれる原材料を少なくする,といった「小手先戦略」も含まれるでしょう。

 しかし,それにも限度があります。問題の大きさからすれば,表の「(2)販売価格を値上げする」ことが可能かどうかに関心が向きます。

 最近の新聞報道の中で,値上げした製品を思い浮かべてみてください。そこには,当該製品が「独占的競争市場」の中にある,という共通の性格を指摘することができます。独占的競争は,“monopolistic competition”を直訳したものなので一般には馴染みのない用語ですが,経済学や経営学などでは古くから議論の対象となってきたものです。その特徴は,拙著『戦略会計入門』142ページ以降などでも説明してきました。

 しかし,残念ながら大多数の企業の製品は,独占的競争市場を形成していません。

これからのコスト管理は点から線へ,線から面へ

 では,どうするか。

 結論としては,どうしようもないでしょう。なぜなら,「古き良き時代の原価計算制度」は,独占的競争などの「戦略メカニズム」にまったく対応できないからです。

 貴社のコスト計算は相変わらず「製品1個あたりの原価」を求めることに終始していませんか? そして,原材料価格の高騰に「困った,困った」と鳩首会議を開くパターンの繰り返しであるはず。筆者はこれを,「点」のコスト管理と呼んでいます。

 これからのコスト管理は,点から線へ,線から面へ展開するものを指向すべきでしょう。すなわち,限界変動費曲線(注1)という「線」を求め,そこに需要曲線を組み合わせた「面」でコスト管理を行なうべき時代が始まった,と言えるのです。

 筆者は別に,理想論を述べているわけではありません。

 今年の夏に米Microsoft製の「SQL Server」を購入し,筆者お手製の原価計算ソフト「原価計算工房」を,「面」のコスト管理へとバージョンアップする作業を進めています。SQL Serverを筆者1人で操っているので,なかなか大変なものがありますが,ITが「戦略なき原価計算」を打破する時代になったことを日々実感しています。

 ところで,少し気になるのが,2008年4月から適用が予定されている『棚卸資産の評価に関する会計基準(注2)』。これは原価法と低価法の選択適用から,低価法への一本化を図る会計基準です。

 販売価格(売価)の値上げができず,コストが売価を突き抜けてしまった場合はどう対応すればいいのだろうか,というのが,ちょっと気にかかる問題です。

 原材料の値上がり分を販売価格に転嫁できなければ,原材料の購買価格である簿価より時価の方が安いことなります。そうなれば結果として,棚卸資産に係る評価損の計上を余儀なくされる企業が続出する気配がします。それとも,原材料価格の上昇は「収益性の低下ではない」という抗弁がまかり通って,評価損計上が先送りされるか。

 そういえば昔,時価会計や減損会計が導入される際,デフレ対策と称して適用延期の議論があったっけ。今回の棚卸資産会計基準についても,適用延期なんてことにならなきゃいいのですが。

(注1)拙著『戦略会計入門』148ページ参照
(注2)企業会計基準第9号。通称「棚卸資産会計基準」


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■高田 直芳 (たかだ なおよし)

【略歴】
 公認会計士。某都市銀行から某監査法人を経て,現在,栃木県小山市で高田公認会計士税理士事務所と,CPA Factory Co.,Ltd.を経営。

【著書】
 「明快!経営分析バイブル」(講談社),「連結キャッシュフロー会計・最短マスターマニュアル」「株式公開・最短実現マニュアル」(共に明日香出版社),「[決定版]ほんとうにわかる経営分析」「[決定版]ほんとうにわかる管理会計&戦略会計」(共にPHP研究所)など。

【ホームページ】
事務所のホームページ「麦わら坊の会計雑学講座」
http://www2s.biglobe.ne.jp/~njtakada/