りえぴーと内藤課長代理は城南大学を訪ねました。この大学が、ある企業の情報システム調達案件のコンサルを引き受けたからです。今までにない案件のため2 人は張り切っていますが、内藤課長代理の心には、ある疑念が生じます。一方、火を噴いた大規模プロジェクトの尻拭いを任され、ユーザー企業との信頼関係の改善に奔走する坊津君と猫柳君は、客先で酒を勧められて…。


「おっちゃん! Aランチ2つ、ひとつ大盛りで!」
 冬休みの閑散とした学生食堂のカウンターでオーダーしているのは、りえぴーこと後藤さんです。

「あいよ、お嬢ちゃん。お仕事ご苦労さんだねえ」
「かわいいお嬢ちゃんでしょ。おっちゃん、間違えたからエビもう1本ちょうだい」
「後藤さん、ここは学生さんの…」
「あいよ、オマケだ、エビフライ1本。元気があっていいね! かわいいお嬢ちゃん」
「それで、なんですって? 内藤さん」
「もう、いいよ」
 2人がトレイを持って食堂を歩いていると、やはり場にそぐわないスーツの男性が食事をしていました。

「ああっ! 後藤さんじゃないですか?」
「おーっ、そういうあなたは…誰でしたっけ?」
「僕ですよ。先月、合コンでお話ししたじゃないですか。琵琶通の大橋ですよ」
「あら、そういえば!」
 内藤課長代理が驚いて小声で聞きました。
「琵琶通の社員と合コンしたの? 君」
「そうなんですよ。友人の合コンで、補欠で呼ばれたら相手が琵琶通」
「うーん…それもどうやら城南大学の担当営業!」
 思わず顔を見合わせた2人に大橋さんが聞きました。

「それで後藤さん、なんでこんなところに?」
「えー、あのー、その…」
「後藤さん、キャビンアテンダントじゃなかったっけ」
 大橋さんのきょとんとした顔に、『言うに事欠いてスッチーだなんて、言うほうも言うほうだけど信じるほうも信じるほうだな、こりゃ。既存のベンダーなのに琵琶通が競合から外された理由が分かる気がするよ』と、そう心でつぶやく内藤課長代理でした。

(イラスト:尾形まどか)

「わはは、猫柳君。全部飲まなくていいよ、冗談だよ」
 枡酒を前に固まってしまった猫柳君を見て、相好を崩して笑う亀井部長です。「最近はもうコンピュータ会社イジメをやめたからな、せめて猫柳君くらいイジメたくてなあ、わははは。許せよ」
「全く亀井さんもお人が悪い。じゃ、これは3人でいただきましょう」と中田事業部長。
「いやワシも入れて4人で飲もうや、中田さん。御社ともいろいろあったが、カットオーバーまであと少し。固めの杯といこうじゃないか」 そう言うと、あと3人分の枡を取りに立ち上がった亀井部長でした。
「あの人も変わったもんですね」「初めて会ったころは、鬼のような形相だったんですが…」口々にいう坊津君と猫柳君に中田事業部長は言いました。「俺だって、こちらを引き継いだときはどうなるかと思ったよ」
「え、俺に任せておけって言ったじゃないですか」「あ、そうだっけ?」 笑ってとぼける中田事業部長です。

「すみませんね、そろそろ亀井も来るころで」
 時は遡って、ラビット製薬での第2回定例会議のことです。定例会議はラビット製薬側から亀井情報システム部長、経理課長と営業管理課長が出席します。そして、こちらは営業担当の鮫島部長とプロジェクトマネジャーの岩志課長の2人。
「バカモーン!」ドアを開けるやいなや、亀井部長は大声を張り上げ片手に持った資料を振り回します。「貴様、ウチをなめとるのか? ワシが来たからには、こんな素人ダマシの手口は通用せんからな。覚えておけ!」
 鮫島部長は何がなんだか分かりませんが、すっかりすくみ上がってしまいました。

「すみません、どこがご不満なのか教えていただけますか」と切り出したのは岩志課長でした。営業が頼りなければ、自分が頑張らないとツケが回ってくるのですから、思い切って聞くことにしました。

「なんだと? 貴様は誰だ?」
「プロマネの岩志です」
「バカタレ! プロマネはワシじゃ! おまえはサブマネで、プロマネである俺の部下だろうが」
『うわ、もうここから認識が違うぞ』と岩志課長は思いましたが、口に出せる雰囲気ではありません。

「だいたい人月単価の書いてない見積もりとはどういうことだ? ああん? 営業部長さん」
 パシパシと書類を叩きながら、すくみ上がる鮫島部長をにらみつけて亀井部長が言いました。
「そ、それは、と、とうしゃが…一括でお仕事をいただくときは、その、付加価値といいますか…なんともその…人材派遣業ではありませんので…あの…」
「うるさい! ワシはこんな根拠は認めんぞ。SE単価に割り直して持ってこい。今日中だ。分かったな」 そう言うと亀井部長は会議室を出て行ってしまいました。
「そ、そんな…今からやり直しって言ったって…」
「鮫島さん、ニンゲツ単価ってなに?」 ラビット製薬の経理課長が口を開きました。
「派遣系の仕事の場合、SEランクを分けて1人が1カ月働いていくらと設定することなんですが…」
「コンピュータ会社って派遣業もやってるんだ?」
「いえ、そういうわけではないのですが…」

 そのとき、ラビット製薬の営業管理課長が口を挟みました。「契約したんだから、金額はこのままでいいじゃないの。そのニンゲツなんとかだけ書いてくれたら」
「分かりました。では、作業を人月単価で割って金額根拠にしましょう」
「すみませんね。僕たちもまだ、あの人のやり方に馴染んでなくて、やたら怒鳴ったりして」
「いえいえ、慣れっこですから」
 怒鳴られ慣れている営業というのもどうかと思ったのは、プロマネの岩志課長です。これが赤字プロジェクトの深みにはまっていく地獄の一丁目でした。

「ええーっ! 後藤さん、スッチーじゃなかったの?」
「えへへ、実はこういう者だったんです。そしてこちらは上司の…」
「内藤です、よろしくお願いします」
「いえいえ、こちらこそ。琵琶通の大橋と申します、よろしければ、ご一緒にいかがですか」
 名刺を差し出す30歳前のやさ男は、いかにも大手コンピュータ会社の若手営業といった風情でした。

「もう人が悪いなあ、後藤さん。で、内藤さんと一緒に今日は城南大学を攻めに来てるんですか?」
「いえ大橋さん、ここは琵琶通さんの牙城ですし、こんな大きな大学では図書館にしろ学籍管理にしろ、とても当社には無理ですよ」と内藤課長代理が答えます。
「そりゃそうでしょうね…じゃ、北北工業の件で?」
「アンタ、一言多いわね。でもあの件、知ってるの?」
「当たり前ですよ、新しいタイプの案件ですからね。でも、うちは外されちゃったんですよ」
「そのようね、大橋、チョーどんくさい」「こら、お前、琵琶通の主任をつかまえてなんてことを」「いいんですよ。ねー、大橋ちゃん。この人、合コンで…」
「あわわ。後藤さん、あのことは内緒にしてください。業界は狭いんですから」「じゃなんで外されたか教えなさいよ。あたしたちだって不思議だったんだから」

 城南大学が直接利用するシステムではありませんが、新しい案件に取り組むときに実績がある既存のベンダーが外されたことは、りえぴーたちにも謎でした。ここは外された琵琶通から直接聞くチャンスです。
「負ける原因が分かっていれば、そこをガードすればいい。アッパーカットで負けたなら、アゴをガードしておけば負ける可能性が少なくなる」というのが、中田事業部長の教えです。

「大した話じゃないんですよ。公平性の問題で」
「それはどういうことですか?」 思わず身を乗り出す内藤課長代理に大橋さんが説明します。
「まあ、聞いてくださいよ。実はですね…」
 城南大学が最重視する項目の1つに、SI会社のコミュニケーション能力という項目があるそうです。琵琶通は城南大学に入り込みすぎているので、その項目について公平に判断できません。「今回は徹底的にフラットな評価を行うので、琵琶通には引いてもらいたい」というのが、城南大学の申し出だったそうです。
「あんた、なに甘っちょろいこと言ってんのよ。ちゃんと食い込みなさいよ。それでも営業なの?」
「いいんですよ。僕は公共事業部だから、北北工業の業務システムなんて他の事業部の数字だからね」
「チョー負け惜しみ、っていうかー、他の事業部はどうでもいいとか言っちゃって、そんなんだから合コンでも」「あわわ、もう勘弁してよ。後藤さん」

 何があったか知らないけど、合コン1回でここまで弱みを握るりえぴーの実力が恐ろしい内藤課長代理でしたが、これでジャパン電気が贔屓されているのではないかという懸念は払拭されました。

今号のポイント:既存ベンダーとの勝負、ユーザーの本音の聞き出し方

 ブログでご質問をいただきました既存ベンダーとの戦い方について少々。基本的に既存ベンダーのほうが強いのは間違いないです。ひっくり返すためには、まず徹底的に既存ベンダーの評価を聞いた上で、お客様にベンダー変更のリスクを説明します。つまり「変えないほうがいい」という説明をするわけです。そして本音を探ります。
 しかし、このあたりの本音を聞き出すのはなかなか難しいと思います。そこで私が使っていたお決まりのトークをお教えしましょう。「今のベンダーでいいじゃないですか」。私はこう言った後、今のベンダーがどれだけ素晴らしいかを延々と説明します。かなり長めに流ちょうにです。一度、試してみてください。客の本音が面白いように飛び出します。しかし私の説明が流ちょうすぎて、「君、売る気がないのならもういいよ」と言われたこともあるので、注意が必要ですけど(笑)。

油野 達也
自らもトップ営業として活躍しながら、自社の営業担当者だけでなくパートナー企業の若手営業、SE転身組を長期にわたり預かる育成プログラムに尽力。ITコーディネータのインストラクター経験もあり。