事業部として2期目、上げ潮ムードの旧・第三営業部の面々に、災難が降りかかります。第一事業部の大規模案件が火を吹き、とばっちりで営業予算が2倍に跳ね上がったのです。しかも、その問題案件を第三事業部が引き受けることになりました。さっそく坊津君と猫柳君は、顧客との関係改善に乗り出しますが…。なにやら、ほかでも暗雲が広がり始めました。


「しかし困ったなぁ。あと3カ月ですよ」
「ちげーよ。あと60日だって。中田さん、言ってたじゃん」1月初旬の寒空の下、坊津君と猫柳君は2人で新年のあいさつ回りです。地下鉄を降りて徒歩5分、今日は昼イチであのラビット製薬に着きました。

「でも、本当にそれで予算達成できるんですかねえ」と、コートの前たてを押さえながら猫柳君が聞きます。
「バカ、なに他人事みたいに言ってんだ。営業が諦めちゃったら、誰が頑張るんだよ」坊津君がマフラーの端っこで猫柳君の後頭部をパシパシ叩きながら言いました。
「やめてくださいよー、ほんとにもう。今年もガッツだけで勝負のスタイルは変わらないんですから」
「お、それ、いいね。『ガッツダケ』という名前のキノコを、わが社のキャラクターにして受注拡大」
「ほんっとバカですね。ちょっと具体策について考えましょうよ…それにしても中田事業部長は遅いなあ」
 すると、そこに1台のタクシーが滑り込んできて、中田第三事業部長が降りてきました。「わるい。少し待たせたな」古い玄関ドアを手で大きく開け、コートを脱ぎながらこう聞きました。

「あの引き継ぎから3カ月。ラビット製薬との関係は改善できている、と思っていいな」「はい、かなり良くなってると思います」と坊津君。
 受付を通り3人が案内されたのは、大会議室をぶちぬいた大広間です。真ん中にはこも樽があり、配置された各テーブルには枡が置いてありました。
「おい、なんだこりゃ?」「僕らも分かりません…」
「お待たせしました、まぁ、どうぞ座ってください」ニコニコしながらそこに現れたのは、IBWと決別した宇佐田部長から数カ月前にプロジェクトを引き継いだ亀井情報システム部長でした。

「ああ、お三方は初めてでしたかな? 当社は年明けの3カ日間はここで振る舞い酒をする習慣らしくてね。まあまあ、お神酒と思って一献」
 テーブルの上には、ラビット製薬の胃薬「ピョンタE2顆粒」。いつもはコーヒーを持ってくる受付嬢が、なみなみと注がれた枡酒を持ってきました。
「ぼ、坊津さん、僕こんなに飲めない…」
 そのとき亀井部長はニコニコしながら、同社のカキ肉エキスドリンク「オイスターR3」を差し出すと、「猫柳君、これさえ飲めば大丈夫だよ。それともなにかい、うちの薬は効かないとでも?」

(イラスト:尾形まどか)

「ええっ! 宇佐田部長はどこに行かれたんですか?」
 さかのぼること1年前、つまりラビット製薬の新システム構築プロジェクトのキックオフ直後、第1回定例会議開催のことです。いきなりの異例な発表に、会議室は騒然となりました。

「初めまして、後任の亀井です。前任の宇佐田は先代の後を継ぎ、社長に就任することが先日の株主総会で決定しました。後任には、この私が務めさせていただくこととなりましたが、なにか問題でも?」
 重要発表があるからと鯨井第一事業部長の同行を依頼した鮫島営業部長でしたが、同行は当日キャンセル。『なにを逃げているのだろう』と怪訝に思っていたのですが、鯨井事業部長がこの大事件を知っていたことに、鮫島部長は気づきました。プロジェクト立ち上げ直後に、ユーザー側のプロジェクトマネジャーが代わるなんて最悪の出来事に間違いありません。

「なにか問題でもあるかと聞いているんだよ、鮫島さん!」 半白髪で鋭い目つきの新任部長は突然大声でそういうと、自分は誰もが知っている大手鉄鋼会社の元情報システム部長だと自己紹介しました。
「どうやら、当社の方々はお優しいようだ。外注会社はビシビシ叩かないとコストが膨らむばかり、私は怠慢を許さないから、そのつもりでな、鮫島さん。で、もう一度聞くが、満を持しての新社長誕生を喜んでいただけないとでも言うのかな? アンタの会社は!」
 第一事業部のSEたちは、うつむき加減に鮫島部長を見ています。『言ってくれよ、営業さん』『打ち合わせのやり直しなんてことになるんじゃないのか』『ただでさえ仕様変更が出てるのに、どうするつもりだ』
 SEたちの声なき声をひしひしと感じながら鮫島部長は悩みましたが、震える声でこう言いました。「それはもう喜んで、お祝い申し上げます」

「あけましておめでとうございます!」
 りえぴーと内藤課長代理のコンビです。猫柳君がラビット製薬でなみなみと注がれた枡酒に絶句しているころ、城南大学情報工学研究室を訪れていました。

「本当に後藤さんは仕事熱心ですね。我々も心打たれますよ」と研究室の漆原助手が語りかけます。
「新年早々お褒めのお言葉をありがとうございます」とりえぴーこと後藤さんです。
 木梨特別研究員が言葉を続けます。「ご熱心だから、貴社が財務で敗退した北北工業さんの生産管理で、また提案をお願いすることになったのではありませんか」
「いやだー、木梨さんたら。可愛いあたしと会いたくなったからでしょ!」「こら、後藤さん」「わはは、いいんですよ、内藤さん。本当はそうかもしれません」「では、ついでにご契約も」「あはは、こりゃ内藤さんにもやられたな」
 研究室は笑いに包まれました。

 数年前、自動車部品製造大手の北北工業は次期システムの構築にあたり、北山会長が母校の城南大学の学長に相談をしました。80歳にもなろうかという北山会長は、世間を騒がせるシステムトラブルを自社だけには起こさせまいと腐心した結果、会社創立当時からコツコツ寄付をしてきた母校に相談したのです。
「これが、ワシが経営に口をだす最後の仕事じゃ。これを成功させて産学協同プロジェクトの成功事例にするぞ、学長。先代の学長からの付き合いじゃ。ひとつ、この老体の頼みを聞いてくれんか」
 こうして北北工業は、城南大学と情報システム調達に関するコンサルティング契約を結んだのです。

「正直、前回は私たちも、こちらのような大学のコンサルチームとお付き合いするのは初めてでしたからね。しかしよくできたRFPでした」とは内藤課長代理です。「ビッグバンではなく、まず財務サブシステムからの導入というのもステディな手法ですし、手練のプロがいるのかと思うような鮮やかな検討手法でしたよ」
 それを聞き、木梨研究員がちらりと漆原助手を見ながら、こう言いました。「我々素人がITのプロである内藤さんのような方に褒められるとは光栄です。今回は財務、生産などサブシステムごとに別々に稼働させ、業務レベルで必要なデータだけを統合すればどうか、という仮説の検証ですので、最後までご協力ください」
「成功すれば、城南大学は学問としてのITを企業ニーズレベルのITと融合させることができる大学として、成功事例を発表できるわけですな、わっはっは」漆原助手は、そう無邪気に笑いました。
「では月末の最終提案でお会いしましょう」「では、これで」ここで席を辞した2人は、人気のない冬休みの最中の広いキャンパスを歩きながら話をしました。

「後藤さん、あの2人をどう思う」「えっ? どうって」
「前回のRFPだが、ちょっとおかしいと思うんだ」
「でも、内藤さんよくできたRFPだって、今褒めてたところじゃないですか」
「あれはブラフだよ。中田さんにそう言ってみろって言われたんだ。そして、その後で『プロのようですね』とも聞いてみたらどうかって」
「で、どうでした?」「どうでしたじゃないよ、君はどう思ったって聞いてるんだ」
『おっと、珍しく厳しい内藤課長代理だな』とりえぴーは思いながら感じたままに言いました。「うーん、分かりませんが、漆原さんには頑張ってほしいです」
「…まあ、いい。まず僕の懸念から話そう。前回のRFPは、どうもジャパン電気のJAPERP(ジャパープ)の機能をベースにしたものという気がする」
「ベタな名前ですねえ。でも城南大学がどうして。中立性を保つためにコンサルを依頼したわけでしょ。それも会長の母校に。そして研究室のメンバーが検討した。インチキが入り込む余地がないじゃないですか」
「そうなんだ。僕の取り越し苦労ならいいんだけど」
「当て馬回避のため、既存業者との癒着の可能性は一応検討しましたよね。ここのホストは琵琶通のBICOM。そして彼らは今回呼ばれていない」
「うん、そうなんだが…」
「とりあえず学食でランチといきましょう! 腹が減ってはナントカですから。冬休み中も体育会生向けに開けてるんですよ。安くて助かりますよね、学食って。さあ、なに食べようかなーっと!」

 曇天の冬の日はまだ昼前というのに帰宅したくなるような薄暗さ。その中で唯一明るいりえぴーに、少し救われた気持ちになった内藤課長代理でした。

次回に続く

今号のポイント:年末年始の行事は業界や企業によって異なるので注意

 年中行事で最も一般的で、かつ個性が出るのが年末年始です。暮れのカレンダー配りから始まり、年賀状や賀詞交換など業界や企業ごとに独特のパターンがあります。初めての業種業界なら知らなくて当たり前。お客様から事前に教えていただき確認しておくことが肝心です。「お年賀」と書いた手ぬぐいを配るとか、外資系は手の込んだクリスマスカードが重要とかなら、まだ理解できますが、私の経験では社長がモーニングであいさつ回りする業界なんてのもありました。そして、さすがの私もいきなり、お茶をたてられた時には、どうしていいやら困り果てたものでした。落雁(らくがん)をバリバリ食べて笑われたりしたのも、 22才の苦い思い出、というか甘くない思い出です(笑)。

油野 達也
自らもトップ営業として活躍しながら、自社の営業担当者だけでなくパートナー企業の若手営業、SE転身組を長期にわたり預かる育成プログラムに尽力。ITコーディネータのインストラクター経験もあり。

出典:日経ソリューションビジネス 2006年1月30日号 68ページより

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