2007年8月に日本実業出版社から『戦略会計入門』が出版されたと思っていたら,翌9月に今度は中経出版から『勘定科目の基本が面白いほどわかる本』が出版されました。春先の,会計監査などの慌ただしい季節が過ぎ去った後,たたみかけるように執筆しました。入門レベルの勘定科目なら,そのほとんどをフォローできるようにしています。

 今回の『勘定科目の基本~』は,中経出版の『~が面白いほどわかる本』シリーズの1冊です。原稿を書くにあたって,他のシリーズものと体裁を合わせるのに苦労しました。俳句をつくるような感覚。書いては消し,消しては書いてを繰り返し,無駄な文章を削ぎ落とす。親しみやすいイラストをふんだんに取り入れて,高校生でも理解できる内容に仕上げました。

 2006年10月に出版した『新しい決算書のつくり方』の執筆では六法全書漬けになったかと思うと,2007年8月に出版した「戦略会計入門」では経済学原論に大きくカジをきる。次はどこまで行くのだろう,と思っていたところへ,高校生レベルの「勘定科目の基本」を出す。その一方で,筆者は原価計算ソフト『原価計算工房』のプログラミングも続けています(先月,そのためにSQL Serverを買いました)。そんな中で,振幅の揺れが大きい書籍を書いていくことは,ストレスの発散になりました。

 なお,日本実業出版社には『戦略会計入門』を第1弾として,第2弾・第3弾を「書きます,書きます」といっておきながら,他の出版社から『勘定科目の基本』を刊行してしまった。日本実業出版社の編集者にこの事実を知られたら,怒られそうな話ではあります。

J-SOXは民間企業にお役所仕事を持ち込むか?

 ところで拙著『戦略会計入門』という書籍タイトルについて,「某社の商標権の侵害ではないか」という問い合わせを受けました。確かに「戦略会計」という用語は,某社の商標として登録されています。ただし,拙著のタイトルが,その某社の商標権を侵害するものではないことは,特許庁に確認しています。

 その理由は商標法などの法令条文を使った細かい説明を要するので,このコラムでは省略させていただきます。登録商標だからといって,あらゆるものに効力が波及するわけではないようです。

 怖いと思ったのは,誰か一人が「権利侵害だ!」と言い出すと,自ら根拠法令などに当たって確かめることなく「そうだ,そうだ」と同調して流れてしまう風潮があることです。ご本人は流れに棹(さお)さしているつもりはないのでしょうが,いったん流れに乗ってしまうと,棹で川底を探ることが難しくなるようです。

 失礼ながら,このITrpoでの例を持ち出せば,「日本版SOX法」や「J-SOX」といった呼称を挙げることができます。おそらく,アメリカ帰りの方々が流れを作り始めたのでしょう。それがいまでは新聞や雑誌などで,一大潮流を形成しています。

 もともとの“SOX”は,米国の「サーベインズ・オクスリー法」といって,あのエンロン事件などを教訓に,企業の情報公開制度を改革しようとして組み立てられた一連の法体系をいいます。ところが,日本ではいつのまにか,会社法や金融商品取引法が“SOX”の思想を盛り込んで制定されたものと勝手解釈され,『内部統制基準(注1)』が日本版SOX法の御本尊のように奉(たてまつ)られている感があります。

 筆者は別に「J-SOX」などの呼称に異を唱えるつもりはありません。むしろ,内部統制の仕組みを普及させるものとして「J-SOXとは,言い得て妙だなぁ」と感心しています。

 問題なのは,IT業界の方々が,『内部統制基準』を自ら読んだ上で,J-SOXなる用語を使っているのか,ということです。『内部統制基準』の原文は,A4サイズで129ページあります。速読しても1時間はかかる。この基準を読みながら,はたしてどれだけの人が内容を理解した上でJ-SOXという用語を使っているのか,首を傾げてしまいました。

 疑問に思う例として挙げられるのが,J-SOXに関連した文書化ブームです。「文書化支援ツール」や「文書化ソルーション」が花盛り。「言語明瞭・意味不明」の文書を作るのは木っ端役人の得意技ですが,J-SOXはどうやら,民間企業にお役所仕事を持ち込もうとしているように見えてしまいます。

 ところが,ちょっと待てよ,と申し上げたい。内部統制基準のどこを読んでも,ツールやソルーションを必要とするような「文書作成義務」は書かれていないのです。上記の『内部統制基準』を見ると,「組織に新たなITシステムの導入を要求したり,既存のITシステムの更新を強いるものではない」とあり,また「記録の形式,方法等については,一律に規定されるものではなく,企業の作成・使用している記録等を適宜,利用し,必要に応じそれに補足を行っていくことで足りることに留意する」と書いてあるだけです。

 それにもかかわらず,IT業界ではドキュメンテーション(文書化)がすなわち内部統制だ,といわんばかりの盛況です。

 近年,あらゆる分野で法令や基準が立て続けに制定されています。しかも,その内容が膨大かつ難解なことを反映してか,自ら条文に当たることなく他者の流れに棹さして「権利侵害だ」「ドキュメンテーションだ」と騒いでいるように思えます。

 他人からの耳学問ですませていては,第三者から化けの皮を剥(は)がされたときに,恥をかくことになります。剥がされる前に,高校時代の甘酸っぱい失恋の思い出に浸りながら,勘定科目という基礎を勉強することから始めましょうよ,というのが今回のオチ,いえ,やっぱり私的な宣伝に棹さすのでした。

(注1)正式名称は『財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準』2007年2月15日付,企業会計審議会


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■高田 直芳 (たかだ なおよし)

【略歴】
 公認会計士。某都市銀行から某監査法人を経て,現在,栃木県小山市で高田公認会計士税理士事務所と,CPA Factory Co.,Ltd.を経営。

【著書】
 「明快!経営分析バイブル」(講談社),「連結キャッシュフロー会計・最短マスターマニュアル」「株式公開・最短実現マニュアル」(共に明日香出版社),「[決定版]ほんとうにわかる経営分析」「[決定版]ほんとうにわかる管理会計&戦略会計」(共にPHP研究所)など。

【ホームページ】
事務所のホームページ「麦わら坊の会計雑学講座」
http://www2s.biglobe.ne.jp/~njtakada/