米Apple CEOのSteve Jobs氏の爆弾提言を覚えているだろうか? 同氏は今年2月,DRM(Digital Rights Management:デジタル著作権管理)技術をオンライン音楽販売サービスの楽曲に適用している現状について異議を唱えた(関連記事:米AppleのSteve Jobs氏,「デジタル著作権管理技術の廃止が理想的」)。
ことの発端は欧州の消費者団体だった。
彼らは「Appleが自社の独自DRM技術である『FairPlay』によって音楽販売サービス『iTunes Store』と携帯音楽プレーヤ『iPod』を結びつけ,他社を排除していることは独占であり違法だ」と主張。この非難が欧州の各地に飛び火していった。ノルウェーの規制当局も動き,10月1日という期限を設け,Appleに改善要求を出した(FT.comに掲載の記事)。
これを受け真っ向から反発したのがJobs氏である。
「DRMを開放しても何ら解決にはならない。むしろ現状,DRMはまったく意味をなしていない。DRMにメリットはなく,いっそ廃止した方がよい」と世間の意表を突く声明を同社Webサイトに公開したのだ(Appleのサイトに掲載されたJobs氏の声明)。
Jobs氏のこの声明は物議を醸し,当初冷ややかに見る向きも多かった。各種のメディア記事も大方次のような論調だった。
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写真1●Apple CEOのSteve Jobs氏(左)とEMI Group CEOのEric Nicoli氏(右) [画像のクリックで拡大表示] |
しかしどうだろうか。あれから半年余り。今,状況は一変している。まずこの4月,世界の4大レコード会社の一つ,英EMIがDRMを廃止する方針を発表。その後,大手音楽配信サービス会社やレコード会社が次々と同様の新方針,あるいはDRMフリー化への取り組み/意向について公表しはじめたのだ。
まるで音楽のネット配信サービスにおいて,欧米ではDRMが終焉(えん)に向かっているかのようである。今後の主流はDRMフリー。そんな動きが展開されつつあるようなのだ。これは一体どういうことなのだろうか。Jobs氏の影響力の大きさが起因しているのか。
続々と登場,大手のDRMフリーへの取り組み
まず以下にSteve Jobs氏の声明以降に明らかにされた大手各社の動きをざっとまとめてみた。とりわけJobs氏が声明の中で攻撃した4大レコード会社のうち2社がこの短期間に大きな動きを示したことには驚かされる。
- 4月2日:英EMI GroupがEMI Musicの全楽曲をDRMの制限を外してダウンロード提供すると発表(関連記事:英EMIがすべての楽曲をDRMフリーに,iTunes Storeで5月より配信)。
- 4月9日:「米MicrosoftがDRMフリー楽曲の販売を始める計画を認めた」とWindows IT Proの記事が報じる(関連記事:Microsoftも楽曲のDRMフリー化計画を認める)(Windows IT Proの記事)。
- 5月16日:米Amazon.comがDRMなしの楽曲販売のサイトを年内に開設すると発表。1万2000以上のレコード・レーベルによる数百万曲を提供する予定(関連記事:Amazon.com,AppleとMSに続きDRMフリーの音楽配信サイト開設へ)。
- 5月30日:AppleがiTunes StoreでEMIの楽曲をDRMフリーで提供開始。従来のDRM楽曲のビットレートが128kbpsなのに対し,DRMなしは256kbpsで1曲1ドル29セントで提供。また30セントでDRMなし/256kbpsにアップグレードできるサービスも用意した(関連記事:Apple,DRMフリーの楽曲を販売する「iTunes Plus」を開始)。
- 8月10日:4大レコード会社の一つである米Universal Music Groupが,DRMなし楽曲(MP3形式)の試験提供を大幅に拡大すると発表。楽曲は,Amazon.com,RealNetworksの「Rhapsody」,Best Buy,Wal-Martなどのサービスに提供すると発表。またGoogleと連携して検索広告でUniversal Musicの楽曲を露出させる(Universal Music Groupの発表資料)。
- 8月21日:米RealNetworksと米ケーブル大手Viacom傘下のMTV Networks,米Verizon Wirelessが提携を発表。RealNetworksのサービス「Rhapsody」と,MTV Networksのサービス「URGE」を統合する計画を明らかにした。新サービスでUniversal MusicのDRMフリー楽曲を提供する(関連記事:RealNetworksとMTV Networksがデジタル音楽配信サービスを統合)(The Registerの記事)。
- 8月21日:米Wal-Martがビットレート256kbpsのMP3楽曲を94セントで販売開始した。従来のDRM楽曲(WMA形式)は88セントで継続販売する。ただしWal-MartはiTunesのようにアップグレード・サービスは用意しない(関連記事:Wal-Mart,DRMフリーのMP3楽曲ファイルを1曲94セントで販売)。
ついにWarner Musicも賛同?
いかがだろうか。Jobs氏のあの一見奇妙に思えた提言がこんなにも短期間に業界に受け入れられてしまったという事実。もちろん,これ以外にもベンチャー企業がDRMフリーのさまざまなサービスを打ち出しており,それらに大手が提携/出資するなど,新たな展開が各所で始まっている。さらに,先週また一つ大きな動きがあった。英Reutersが,やはり4大レコード会社の一つである米Warner Music GroupがDRMフリー化について前向きな姿勢を示していると報じたのだ。それによると,Warner Music Group CEOであるEdgar Bronfman氏が投資家向け説明会で,DRMなしのビジネスモデルについて,その可能性もあると述べたという。
同氏は大手レコード会社幹部の中でも最も激しくDRMフリー化に反対していた人物。その同氏がその態度を軟化させている。もはや時代の流れには逆らえないと考えたのだろうか。