では,なぜ日本企業は,どん欲なIT投資に踏み切れないのか。その理由は,IT投資の効果を経営者が実感できていないことにある。

 日本におけるIT投資の内訳をみると,既存システムの保守・運用といった「守りのIT投資」が圧倒的な比率を占める。新規のシステム開発案件といった「攻めのIT投資」はごくわずか---つまり,巨大化した情報システムを使い続けることに多くの労力を割いているわけである。

戦略的IT投資が24%の日本,今こそIT資産リストラの時

 アクセンチュアが世界のCIO(最高情報責任者)を対象に実施した調査(アクセンチュアの調査結果)によれば,日本では固定的IT投資支出(システム機能改定,ハードウエア/ソフトウエアの保守・運用,バグ対応)の比率が76%,それに対して戦略的IT投資(新規開発案件,業務/組織/ITの統合的改革投資など)は24%にとどまる(図1)。日本は,経営的には新たな価値を生み出さない固定的IT支出が支配的だ。毎年,同じことを維持するのに精一杯なわけだから,IT投資の価値を実感できるはずがない。これに対して世界全体はどうか。固定的IT支出が53%,戦略的IT投資は47%とほぼ同じ割合である。日本に比べて,収益率の向上や業務効率向上に向けたIT投資が旺盛だ。

図1●「攻めのIT投資」か,「守りのIT投資」か---日本と世界を比較
図1●「攻めのIT投資」か,「守りのIT投資」か---日本と世界を比較
(アクセンチュアの調査結果から)

 日本企業が「守りのIT投資」から「攻めのIT投資」へと切り替えるためには何が必要か。

 まずは,固定的IT投資の圧縮である。保守・運用コストが増大している大きな理由は,過去のIT資産をそのまま継承している点にある。古くからあるメインフレームに始まり,1990年代に開発したUNIXベースのクライアント/サーバー・システム,そして直近に作り上げたWindowsベースのシステムなどが複雑に混在している。過去のシステムに,新しいシステムをつぎはぎで足しこんできたことが,保守・運用コストを増大する主因となる。欧米企業はいち早くシステム統合を実施したのに対して,日本企業はレガシーな資産を放置してきたきらいがある。このツケをどうするか。過去のIT資産が足かせとなって先に進めない状況を打破する必要がある。そこで,アクセンチュア代表取締役社長の程近智氏は「ITリストラ・コスト」(ITリストラ・コストを論じたITpro Specialの記事)の概念を提唱する。負債となったIT資産を一掃し,将来に向けたITインフラの再構築を推奨する。

「投資対効果=コスト削減」という誤解

 もうひとつ,攻めのIT投資へと舵を取る上で大事な点は,IT投資効果の「みえる化」だ。日経情報ストラテジーが定期的に実施しているCIO調査によれば,IT投資の効果を何らかの手法で評価している企業は,2005年末調査の68%から2006年末の72%と増えつつある。それでも,「全く評価していない」投資しっぱなしの企業が約3割もある(図2)。これでは,IT投資の価値を実感できようはずもない。IT投資の効果を評価している企業も,コスト削減に関する目標設定をしているケースが多く,ITが企業経営にどういったプラスの効果をもたらしたかを測定する企業は必ずしも多くはない。それはなぜか。

図2●ITの投資対効果をどのように評価していますか
図2●ITの投資対効果をどのように評価していますか
(日経情報ストラテジー調べ:2007年3月号)

 投資対効果(ROI)を数式で表現すれば,

投資対効果=生産性/コスト

となる。ここで,生産性を数値化するのは容易ではない。経営者から「ROIを高めるように」と要請があれば,IT部門はコスト削減に精を出す。これでは「攻めのIT投資」に転じられない。何らかの手法によって,IT投資が生産性向上に寄与していることを数値化することが求められる。ROIの式における分母を小さくすることではなく,分子を数値化したうえで,その値を大きくすることが「攻めのIT投資」といえる。ITは元来,生産性を高めるツールであることを再認識し,分子を大きくすることに注力すべきではないだろうか。

 アクセンチュアによれば(関連記事1関連記事2),ITを導入したことで生産性が高まったと実感しているCIOの比率は,日本では52%(2006年調査)しかなかった(図3)。半分の会社では,「ITが生産性を高めるツール」とは認識されていないことになる。これに対して,米国では75%(2004年調査)だったという。この数値の差が,日米におけるIT投資マインドの差となっている。「生産性」という指標を「見える化」することにより,日本もIT投資に対する考え方を再考したいところだ。

 「ITはコスト削減のツール」というのは,過去の認識だ。世界は,「ITは生産性向上のツール」だと捕らえている。日本も,ITに対する認識を大きく改める時期にさしかかっている。

図3●ITによる生産性の向上を実感していますか
図3●ITによる生産性の向上を実感していますか
(アクセンチュア調べ)