姿を消した協力会社のオフィスに押し掛けた桜井君とリエピーは、関係者とみられる甲森氏と向かい合っています。この協力会社は、第三営業部が事業部に昇格する前に桜井君が開拓した、菅原機械という大切な顧客のシステム開発を担当していました。事情を聞き出そうとする2人に、甲森氏はその協力会社とは何の関係もないと言い放ち、2人を追い出そうとします。


「はいはい、さっさと帰ってくださいよ」と、甲森氏が席を立とうとしたときのことです。
「帰るわけにはいきませんね」 突然、大きなスーツケースを持って入り口に現れたのは中田部長でした。
「あ、あんたは?」
「申し遅れました。この2人の上司、中田と申します」
 入り口にスーツケースを置いたまま中田部長は甲森氏の隣の椅子に腰をおろしました。
「甲森さん、よく似た企業名を看板にして居残ると、なにかと便利ですよね。売掛先には『うちはグループ会社です。売掛金を支払ってください』って言えばいいし、債務のあるところには『別会社ですよ』って言い訳すればいい。まったく便利なやり口ですな」と、中田部長は甲森氏に息がかかるほど顔を近づけて言いました。
「むむっ」甲森氏がひるみました。
「そもそも甲森さん、あなたは楽多ソフト開発の役員ですよね」
「あれ、そんなことまで調べて…弱ったな」 甲森氏の顔に表情が戻りました。
「うーん。ほとんどの人はこれで追い払えたのになあ。仕方ありませんね。あなたたちには負けました。状況をご説明しましょう。おっしゃる通り、私は楽多ソフト開発の役員です。休眠していた子会社を使い、さっきみたいなやり方で債権者を追い返しています」
 甲森氏はとうとうと語り出しました。
「原因もすべてお話しましょう。実は、あるお客がシステムのリリース直前に債務超過であることが判明しまして、リースがかからなくなってしまったのです」
「ええっ? それは大変ですね。プライム契約だったのですか?」と桜井君。
「この案件は、わが社始まって以来、最大規模のプライム受注でして」
「あるお客って、どこですか?」とリエピーこと後藤さんが聞きます。
「耳にされたこともあるかと思いますが、開業予定だったあのワンダフル健康ランドです」
 リエピーと桜井君にも記憶にあるその名前は、数週間前に新聞の大型倒産記事で見たものです。『開業直前に大型レジャーセンターが倒産』、確かそんな記事でした。
「我々の提案は、お客様にスーパーICチップ入りの超小型シールを腕に貼っていただき、RFIDと無線位置確認装置を駆使して、好みの食事の提供や体調管理をしようというものです。そうそう、家族や友人がどこにいるかも判明するという画期的なシステムでした。つまり、カップルや家族で来た人には、お連れの方の居場所がすぐに分かるというものです」
「そりゃすごい。健康ランドは男女一緒にいられるゾーンばかりじゃないしね」と中田部長も感心します。
「そうなんです。愛犬にもICチップを貼ることで、ペットとも一緒に楽しめる健康ランドだったんです。犬のエステもありまして」
 愛犬家の桜井君は目を輝かせて「それはすごいなあ、行きたいなあ」と小さな声でつぶやきました。

(イラスト:尾形まどか)

「このプロジェクトは丸3年の工期でして…プロジェクトにかかった費用は既に数億です。ところが、完成直前にリース会社から打診がありまして…」

「というわけで楽多社長、このリース契約は無効になりました。システムの構築料金はワンダフルさんから直接もらってください」
「なんですって?」
「当社、アメリカン銀行リースはこれで手を引きます」
 派手なYシャツを来た若いリース会社の営業マンがそう言いました。
「ちょっと待ってください、アメ銀リースさん。ワンダフルさんに、今そんな現金はありません」
「そんなこと当社の知ったことではありません」
「うちはこの2年半、必死で資金繰りをしてきたんだ。プライム契約では完工しないと金が入ってこないのに、毎月社員の給料は払わなければならない。私は自宅まで抵当に入れて金を借りてるんだ。3カ月後に、金が一括で入らなければ大変なことになるんです」
 すっかり動転してしまっている楽多社長です。
「もう、うちは関係ありません。この契約はワンダフルさん側が原因で破棄することになりました。契約条項をよく読んでください、本日はそれをお伝えにきました」
「うちはどうなるんですか?」 すがる楽多社長です。
「だから、直接回収なさるか、どこか違うリース会社をお探しになるか、ですね」
「そんなこと無理ですよ、開業直後なんて資金繰りが厳しいし、第一、御社が契約破棄したものをどこが引き取るっていうのですか!」
「とにかく当社は、契約書に則り本契約を破棄することを宣言します。文句があるなら裁判でもなんでもやったらどうですか」
 甲森取締役が食いしばった歯の奥から声を出しました。「汚いぞ、お前ら! 都合のいいときは企業の資産を有効に活用しましょうとか、なんとか言っておいて、これじゃただの金貸しじゃないか!」
「あれぇ、甲森さん、勉強不足ですね。リース会社は金融業ですよ。今更なにを、あははは。楽多社長、こんな人が役員だと苦労しますね。長く社員やってるってだけで、役員にしちゃうから世間知らずの役員が出来上がるわけだ。けけけけっ」
 冷たく笑った後、若い営業マンが切り出しました。「でもね、社長。たった1つだけ方法があるんですよね」
「なんですか? なんでも協力します。助けてください」
 楽多社長は椅子から降りて頭を下げたのでした。
「楽多ソフトさんが連帯保証を打つんですよ」

「最初に契約を締結した後で、ワンダフルランドの地価が下がり担保割れしたんです。このままではリース契約は破棄。確かに、そういう特約付でした。そのままリース契約を実行するなら…当社に連帯保証してくれと」
「そんな無茶な! 回収するためのお金の保証人に、ってそんなヘンな話が…」と桜井君
「もう当時、我々にはそれしか残された道はなかったんです。それでも予定通り、ワンダフルランドが開業できれば、翌月には支払いを頂けるはずだったのですが…」
「それは、非常に危険な選択でしたね」
 ゆっくりと中田部長がいいました。
「おっしゃる通りです。よく考えてみれば分かるのですが、ほかにも設備業者、工事業者、それに食品、飲み物とたくさんの出入りの業者がいるわけで。そんな状態の企業に、彼らが1社も欠けずに開業まで協力するわけありません。気がついたら工事は中途で頓挫…」
「ワンダフルランドの経営者は開業直前で逃げた、というわけですか」と中田部長。
「そうなんです。くそっ。挙句の果てに、どこでどう当社の債務が売り買いされたのか分かりませんが、あのようなヤクザ者が玄関に。これでは社員も寄りつけません。社員の給料のために選択した道なのに、社員は会社に顔を出してもくれません…つまらない嘘までつきまして…本当に迷惑をかけて申し訳ないです」
「もう結構です。ご事情をお察しいたします」と中田部長が言いました。
「じゃ、とりあえず、この人とこの人の連絡先を教えてくださいませんか」
 すかさずリエピーが担当SEの名刺を出しました。
「本来はダメなんですが、今さら隠してもなんでしょう。私だってこう見えてSEだったんです。お客様の窮地を救いたいあなた方の気持ちがよく分かります。お教えいたします。ただし情報源は明かさないでください」
 そう言って甲森取締役は資料を取りに行きました。
「助かりました、中田部長」「超グッドタイミングです」
 桜井君とリエピーが口々に言うと、中田部長は澄ました顔で「なあに、飛行機に乗ってたら、お前たちの悲鳴が聞こえたんだよ」
次回に続く

今号のポイント:お金の回収に気を使おう!

 IT営業で必ず絡んでくるのがお金の話です。当たり前すぎて、いまさら何を言っているのかと思われるかもしれませんが、「よく考えよう、お金は大事だよ」です。結構、見落としていることがあるのです。

【見落とし その1】 お客様が支払うお金のこと
 放っておいても新しい顧客(借主)を開拓してくれるわけですから、リース会社は我々をお客様だと思ってくれています。だからリース会社とは、互いに協力して良い関係を築くことが大変重要です。できる営業担当者は必ず、リース会社に強力なコネクションをもっています。「営業は回収してナンボ」なんてことは誰でも言いますが、回収ルートの1つ、すなわちリース会社との関係についても気を使う営業担当者は、意外に少ないものです。手形、小切手、長プラ、短プラ…。そして彼らは金融知識の宝庫です。仲良くなって教えてもらいましょう。そのうち、マル秘情報も教えてくれるかも!

【見落とし その2】 開発にかかるお金のこと
 プライムコントラクタは検収をもらうまで延々とお金の持ち出しが続きます。これは経営にとって大変辛い。従って、一刻も早い回収が必要です。前払い、分割検収、いつも早期回収の可能性を探りましょう。検収が1カ月遅れるって? では、あなたが立て替えなさい。原因はバグで営業のせいじゃないですって?バグがなければ伝書バトでも、検収書をもらえますよ。クルックー。

【見落とし その3】 仕入れ先のお金のこと
 インテグレーションというくらいですから、あなたのビジネスは複数のIT企業が絡んでおり、それぞれの企業から製品、サービスを仕入れ、まとめて売っているわけです。そこで、仕入れのお金の件です。仕入先には懇切丁寧にお付き合いしてください。自社の資金繰りも大事ですが、仕入先の規模が小さいほど、支払いに配慮してあげることが大事です。「仕入先に威張り散らす商人は、お客様からも威張り散らされる。仕入先に親切にする人は、お客様からも親切にされる。昔からそう決まっている」―。これは筆者が駆け出しのころ、大阪・船場のとある老舗のお客様に教わったことです。

油野 達也
自らもトップ営業として活躍しながら、自社の営業担当者だけでなくパートナー企業の若手営業、SE転身組を長期にわたり預かる育成プログラムに尽力。ITコーディネータのインストラクター経験もあり。