前回まで,一通り,今回の判決について概観してきました。では,今後ソフトウエア開発を行う上で,本地裁判決をどう受け止めればよいのでしょうか。

 本判決は地裁判決で,かつ,控訴されています。したがって,現段階では幇助犯の成立が確定しているわけではありません。ただ,やはり,ソフトウエアを開発し,それを流通できる状態にした者が,逮捕・起訴され,かつ,少なくとも一度は有罪判決を受けたという事実は残ります。

 その意味では,少なくとも「ソフトウエア開発者が刑罰に問われることはおよそないのだ」という考えは捨てざるを得ません。このような考え方には,インターネットが一般に広まった時期によく見られた「インターネットには法律は及ばないのだ,自由なのだ」というような論調と同じ雰囲気を感じます。しかし,ソフトウエア開発であっても,それを社会で利用する段階になれば,当然ながら一定の法的責任は出てきます。法的責任とは全く無関係であるとは言えないのです。

 他方,私自身は,今回の判決を見る限り,今後のソフトウエア開発が大きく制約されるとは考えていません。最初のソフトウエアのリリース自体を罪に問うているわけではないからです。

 ただ,気をつけなければならない類型,傾向があると思います。

開発者は悪用を防止する機能を考えざるを得ない

 本件と似た事例としては,Winnyの開発者自身がそのメールで指摘していた,FLMASK事件判決があります。この事件は,画像を可逆的にマスキングする事のできるソフトウエア「FLMASK」の作者が,作者自身のWebサイトとFLMASKでマスキングしたわいせつ画像を公開していたWebサイトとの間に相互リンクを張ったことで,“猥褻図画公然陳列”の幇助罪に問われました。今回,この件の詳細を紹介することはできないのですが,捜査側はFLMASKを「わいせつ画像を隠すために使用されていたソフトウエア」と認識しています。

 さらに,いわゆるオービス(速度違反自動監視装置)による速度違反証拠保全の写真撮影を困難にするナンバープレートを販売する行為が,道路交通法違反(制限速度違反)の幇助に当たる,と認めた判例があります(大阪地判平成12年6月30日判決)(注1)。当該ナンバープレートを制作・販売して,購入者による速度違反行為を容易にしたことが,幇助行為に当たるとしています。この事件も,違反者の発見を困難にすることを問題にしている,と見ることが可能です。

 警察等の立場から見ると,これらの事件とWinnyの事件の共通点は,捜査を困難にする「もの」を提供しているということです。世の中には,結果として犯罪の道具に使われるものはたくさんあります。一定の犯罪を「可能」にしている道具,ソフトウエアもたくさんあります。しかし,現実に逮捕等に至るものはそれほど多くなく,結果として一定程度歯止めがかかっていると見ることもできます(注2)

 以上,警察等,捜査段階での判断としては,犯罪の発見を困難にするものについては,問題視しやすい傾向にあることは間違いないでしょう。また,幇助犯の成立要件というのは,前回も指摘したように現時点でこれというものが決まっているわけではありません。したがって,ソフトウエア開発者が開発時点で考えるべきことは,犯罪の発見を困難にする要素がないかを検討することです。これが,罪に問われるかどうかについての,もっとも分かりやすい判断基準かもしれません。

 もう一つ,本件判決を基準に考えるならば,ソフトウエアの利用実態に気をつけるべき,ということになるでしょう。とはいえ,実際にはソフトウエアの機能をどのように作るかによって,利用方法が決まってしまうことが多いでしょう。適法なソフトウエアの利用を利用規約でうたったとしても,それだけでは免責されない(もちろん書いておくべきでしょうが)というのが,本判決の帰結です。したがって,開発者は悪用を防止する機能をいかに実装するか,を考えざるを得ないと思います。

 これに関連して,ソフトウエアのコード自体が一種の表現行為(注3)であり,さまざまな開発者の意図がソフトウエア自体に実装(表現)されることになります。本判決は,Winnyを中立的なソフトウエアである判断しています。しかし,とらえ方によっては,匿名性を高める機能を実装したことで著作権違反の幇助を目的にしている,と判断される可能性もありました。

 機能について様々な解釈を許すという意味で,ソフトウエアは,他の機械的な道具と異なり,一定の目的で作られていると判断されやすい場合もあるのではないかと思います。その意味でも,ソフトウエアの制作に対して,法的責任は問われないとは言いにくいでしょう。今後,ソフトウエアが生活に身近になればなるほど,法的責任が問われる場面は増えていくことは間違いありません(注4)

 いずれにせよ,控訴審がどのような判断をするのか,注目する必要があるでしょう。

(注1)争われているのは,オービスによる写真撮影を困難にするナンバープレートを製造した行為が道路運送車両法の自動車登録番号標の偽造に当たるか否かです。道路交通法違反(制限速度違反)の幇助に当たるとの点については,特に争いはなかったようです。そのため,どのような場合に幇助になるのかといった基準などは示されていません
(注2)これはあくまでも現在までの傾向にすぎず,私の希望的観測でしかないかもしれません。逮捕に至るかどうかの明確な基準が示されていない点も当然ながら問題です
(注3)ソフトウエア開発が表現行為だから,犯罪は成立させるべきでないという意見もあるようですが,表現行為であっても名誉毀損罪が成立するように,表現行為は無制約なものではありません。また,本判決のコラムの第1回で指摘したように,本判決はコードの作成自体を幇助行為と見ているわけではありません
(注4)通常は,民事責任だと思われます


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■北岡 弘章 (きたおか ひろあき)

【略歴】
 弁護士・弁理士。同志社大学法学部卒業,1997年弁護士登録,2004年弁理士登録。大阪弁護士会所属。企業法務,特にIT・知的財産権といった情報法に関連する業務を行う。最近では個人情報保護,プライバシーマーク取得のためのコンサルティング,営業秘密管理に関連する相談業務や,産学連携,技術系ベンチャーの支援も行っている。
 2001~2002年,堺市情報システムセキュリティ懇話会委員,2006年より大阪デジタルコンテンツビジネス創出協議会アドバイザー,情報ネットワーク法学会情報法研究部会「個人情報保護法研究会」所属。

【著書】
 「漏洩事件Q&Aに学ぶ 個人情報保護と対策 改訂版」(日経BP社),「人事部のための個人情報保護法」共著(労務行政研究所),「SEのための法律入門」(日経BP社)など。

【ホームページ】
 事務所のホームページ(http://www.i-law.jp/)の他に,ブログの「情報法考現学」(http://blog.i-law.jp/)も執筆中。