前回まで,本事件の判決について,どのような思考過程で判決が下されたのか,事実認定を中心に見てきました。

 本判決については,ソフトウエア開発に関連する立場からは,総じて批判的な意見が多いように思います。ただ,その批判については,必ずしも本事件の事実関係を踏まえた意見ではなく,抽象的な法律論(もどき)についての議論が多いのではないかと危惧しています。

 ここまでの連載で比較的長めに判決の事実認定を引用したのは,事実を踏まえた議論が必要ではないかと考えたためです。皆さんは,本事件判決で認定されている事実をご覧になった上で,どのように感じられたでしょうか。私自身は,地裁の事実認定を前提に考えた場合,幇助犯の成立を否定するのは難しいのではないかと考えています。ただし,以前にも書きましたが,控訴審で事実認定が変わることもあり得ます。

幇助犯成立の判断基準は確立していない

 本件判決のポイントの1つは,「幇助犯の成立は限定されているのか」ということです。

 前回紹介したとおり,本判決は「その技術の社会における現実の利用状況やそれに対する認識」と「提供する際の主観的態様如何による」との判断基準を設けています。したがって,一定程度,幇助犯の成立が限定されていると思います。

 幇助犯の成立を無限定に認めるとまずいという問題意識は,本判決に限った考えではありません。しかし,本判決のような基準が一般的というわけでもなく,本件の控訴審で異なる基準が示される可能性もある,という程度のものと考えておいた方が良いようです。幇助犯の成立を争う事件が多くないこともあり,判例上確立したものはないと思われるからです。

 本判決の判断基準として要求されている「その技術の社会における現実の利用状況やそれに対する認識」ですが,どのような認識があれば幇助犯が成立するかの要件が明らかでなく,基準として有効なのかは疑問です。また,ソフトウエアをリリースした後に,ソフトウエアの利用実態をきちんと把握してしまった開発者の方が,なんの把握もしていない開発者よりも幇助犯が成立しやすいことになりかねないという問題があります。幇助犯限定の機能として,十分とは言えないでしょう。

 さらに本事件の場合,違法な利用実態がマスコミ等でかなり広く報道されていた等,被告は「違法な利用行為を認識してなかった」とは言えない状況にありました。このため,利用実態を十分認識していたという,ある意味珍しい事案であるため,判断基準をどのように設定したとしても違いは出てこないとも言えるのです。

 また,“主観的態様如何”と言われたところで,どのような主観的態様であれば幇助になるのか,すぱっと割り切れるようなものではないことから,あいまいさが残ることも事実です。

 したがって,本判決の考え方の枠組みが幇助犯成立を限定するものとして十分なのか,ということについては,批判的に検討せざるを得ないと思います。その意味で,本判決が今後新しい技術を開発するにあたって萎縮効果をもたらすとの批判は,一部正しいものがあります。

 ただ,幇助犯成立の判断基準として,他にこれといったものがあるか,と言われると難しいところです。そもそも幇助犯の成立要件のあいまいさは,幇助犯という刑法が定めている処罰根拠自体に由来するものではないかと考えています。「幇助犯は一切処罰しない」という立場でない限り,刑法上,ある程度のあいまいさは許容せざるを得ないと思います。

匿名性確保の技術は利用実態が問題になる

 もう1つ,本判決に対して「Winnyの機能として匿名性に優れていたことが,幇助犯の成立につながった」という考え方があります。しかし,本判決の論理の上では,匿名性の有無のみで幇助犯成立を判断しているわけではありません。匿名性の機能があったから処罰されたという単純なものではないのです。

 匿名性を確保する技術ないしプログラム,およびそれらの利用が,直ちに犯罪行為を助長させるわけではありません。個人情報保護などを実現するためにも,IT化された社会において匿名性を確保する技術は不可欠です。この点は,弁護側も強く主張しているところです。

 ただ,匿名性を確保する機能に優れていることは,著作権法違反の正犯(実行犯)が供述しているように,警察に逮捕されにくい,ばれにくいソフトという形で,精神的幇助の認定材料になってしまいます。その意味では,幇助犯の成立が認められやすくなることは間違いないでしょう。

 この問題は結局のところ,「匿名化の技術が,実際にどのような場面で利用されているのか」との関係で判断されてしまうのではないでしょうか。匿名性の確保が強く要請される分野としては,例えば,内部告発者の保護といったものが考えられます。しかし,Winnyにそのような利用実態がないということになると,「匿名化の技術には,このような正当な利用方法があります」といったところで,説得力に欠けてしまうのは否めません(Winnyは内部告発には使いづらいように思います)。本判決は,その意味で利用実態を勘案しているのだと思われます。

 なお,注意しておかなければならないのは,今回の判決の枠組みからみれば,開発するソフトウエアに匿名性の機能を付加しなくても幇助犯に問われることがあり得るということです。幇助の方法は匿名性確保に限られているわけではありません。したがって,何らかの形で物理的に,または精神的に正犯の実行行為を容易にすればよく,その上で,違法な利用実態とその認識があったという事実があれば幇助の成立の余地はあり得るからです。

 次回は,本判決をふまえてソフトウエア開発,及びITサービスを提供する上で,どのようなことに注意しなければならないのかを整理したいと思います。


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■北岡 弘章 (きたおか ひろあき)

【略歴】
 弁護士・弁理士。同志社大学法学部卒業,1997年弁護士登録,2004年弁理士登録。大阪弁護士会所属。企業法務,特にIT・知的財産権といった情報法に関連する業務を行う。最近では個人情報保護,プライバシーマーク取得のためのコンサルティング,営業秘密管理に関連する相談業務や,産学連携,技術系ベンチャーの支援も行っている。
 2001~2002年,堺市情報システムセキュリティ懇話会委員,2006年より大阪デジタルコンテンツビジネス創出協議会アドバイザー,情報ネットワーク法学会情報法研究部会「個人情報保護法研究会」所属。

【著書】
 「漏洩事件Q&Aに学ぶ 個人情報保護と対策 改訂版」(日経BP社),「人事部のための個人情報保護法」共著(労務行政研究所),「SEのための法律入門」(日経BP社)など。

【ホームページ】
 事務所のホームページ(http://www.i-law.jp/)の他に,ブログの「情報法考現学」(http://blog.i-law.jp/)も執筆中。