第三営業部も坊津君と猫柳君に続き、桜井君にも受注のチャンスが巡ってくるなど、若手の活躍でようやく活気が出てきました。スランプ気味だった内藤主任も、中田課長の巧みなコーチングで何かをつかんだようです。他部署から「廃止目前」と噂される第三営業部ですが、汚名返上は目前です。それを確実にすべく、創設者の加納専務がなにやら秘策を練っているようです。


「ちょっとみんな聞いてくれ」
 ある月曜日、久しぶりに加納専務が第三営業部にやってきました。中田課長の指示で、毎月、最終月曜日の朝は月間ミーティングがあります。厳しい、厳しいミーティング。いつもは「お客様がオフィスにいる時間に、営業マンが自分のオフィスにいてはいけない」が口癖の中田課長も、この日だけは別です。
 ミーティングは朝の9時からお弁当を食べながら13時まで続きます。もちろん、その日は客先への直行は禁止ですから、全員がオフィスにいました。そろそろ資料を準備して会議室に行く時間ですが、加納専務の“演説”が始まってしまいました。

「私が社長にかけあい、この第三営業部を新設して2年と1カ月。最初は分からなかったが、昨年ようやく問題点が分かった。真の営業経験者なしでは、器だけ作っても結果は出ないということだ」
「普通、もっと早く気付くよなー」「気付いただけましだよ」坊津君と桜井君が小声でツッコミを入れます。
「そこで中田課長に三顧の礼をもって来てもらった。ここにきて、組織が活性化したのがよく分かる。この数カ月、引き合いも多く、このペースでいけば必ず結果はついてくるだろう」
「坊津、俺、会議に出す報告書の作成が途中なんだよ」とヒソヒソ声で桜井君。
「俺もだよ、サクちゃん。やっべえなあ、課長のお目玉くらうぜ。で、加納のおやっさん、なんの話だよ、朝から」
「分かんないよー。なんだと思う、ネコ…、あっ器用だな。立ったまま寝てるよ、コイツ」
「そこで一層の戦力強化を図るために、今年の新人を1名、投入することにした。紹介しよう後藤さんだ」

そのとき専務の後ろから小柄な女性が出てきました。 「はじめまして後藤理恵子です。同期はりえピーって呼びます。みなさんもそう呼んでくれていいですよ」

「いきなりタメ口かよ」と坊津君。
「女性社員の投入で一層の活性化が…」
「専務、そういうのセクハラですよ。チョムカです!」
「あ、いや、すまん…で、なんだ、そのチョムカって?」
「超ムカツクってことですよ、やだなあ。でも、あたしかわいいから、そりゃ活性化しますよね。みなさんも頑張ってくださーい!」

(イラスト:尾形まどか)

「なんだ、こりゃ???」
 内藤主任も、中田課長さえもあまりの能天気さ、よく言えば明るさに驚くばかりです。
「あ、もう、とにかく、中田君、頼む、頼むよ」というが早いか、加納専務は退散してしまいました。

「あ、えーその。後藤さんは、どうしよう。とりあえず坊津の隣に座ってくれるかな」
「よろしくお願いします。後藤です。やだ、坊津先輩、髪型かわいい、超ボウズアタマ」
「お前、なめてんじゃねえぞ!」
「もう、あたしがかわいいからって照れちゃって」
「うるせえ、第三営業部は上下関係がはっきりしてんだ。あ、お前、もうアタマをさわるな」
「お前なんて呼ばないで下さい。りえぴーってなら呼んでいいですよ」
「うるせえ、後藤リエだからゴリだ」
「やだ、ひっどおおい」
「はいはい静かに。後藤さん、私が課長の中田です。よろしく。まず基本的なことからレクチャーするから。OJTは明日から。内藤主任の指示で動いてくれ」
「課長、結構かっこいいですね、奥さんいるんですか?」
「あ、もういいから。とほほ。とにかく指導は内藤主任だ。頼むよ」
 中田課長も形なし、ということで後藤さんの営業OJTが始まります。

 翌週。
「はい、ありがとうございます。それでは明日10時におうかがいしまーす」
 今日も朝から後藤さんのアポ取りは絶好調です。
「坊津先輩、すげえですね。後藤さん」「お、おう。ゴリはリピートっていうか、2回目の訪問にも行けてるんだよなあ」ヒソヒソと猫柳君と坊津君が話してます。
 営業は、新規訪問の壁の次に、2回目の壁というのがあります。1回目は会社説明を兼ねた挨拶でいいのですが、2回目からは話題に困るのです。坊津君も猫柳君も苦労して乗り越えてきたところです。

『やっぱり女性は有利なのか…』と皆が感じていたとき、「やっぱ、あたし超カワイイからアポとれるんですよ」とはっきり言う後藤さんでした。
「ばか、なんで、電話でかわいいのが分かるんだよ! ていうか、お前かわいくないしー」単純に反発する坊津君。
「やだ、もうひどい。坊津さんたら、あたしのこと、実は好きなんでしょ。だから意地悪言うんですね」
「内藤主任、こいつセクハラです」怒る坊津君です。
「あ、あわわわ、逆セクハラかい?」あわてる内藤主任を見ながら、後藤さんは言いました。
「昨日行った小野瀬食品なんですが、次回、同行をお願いします」
「あ、そう。そうだね、一度同行してあげてもいいね。えーっと、スケジュールは…」
「違うんです。内藤主任じゃなくて中田課長にお願いしたいんですが」
「えっ、何だって? それは、しかし…もう少しステージが上がってからでないと…」
「お客さん、提案してほしいって言ってるんですよ。課長も『チャンスには積極的に』って言ってるし」
「そんな、ここはまだ折衝が始まったばかりじゃないか。次回が3回目で…」

「いいだろう」いつの間にか後ろに中田課長が立っていました。
「やっぱ課長は話が早いですねー」
「しかし私が同行することを客に言ってはいけない」
「え? どうしてですか」
「いいから指示どおりにするんだ」
「分かりました。じゃあスケジューラに入れておきます」
 後藤さんと中田課長の会話を聞きながら、若手3人がヒソヒソ話をしています。
「なんかさ、課長もやっぱ人の子ってことですかね」「女の子に甘いよなあ」「たいしてかわいくなくても有利なんですよね、若い女の子って…」
 どれが坊津君で、桜井君で猫柳君か? それは言えませんが、やっかみの入ったみっともない会話です。

「今日は、同行ありがとうございます」
「OJTといえど、相当なハイペースで訪問してるね。元気に頑張ってる部下を応援するのが私の仕事だから、気にすることはないよ」
「課長、あたし元気に見えますか? こう見えても、結構、落ち込む毎日なんです」後藤さんは話を続けます。

「昨日もお客さんの話が分かんないから、聞き返したら『何しに来たんだ。そんなことも知らないなら帰れ』って怒鳴られて、席を立たれたんです」
「そうか、それは辛いな。でもな、こう考えてごらん。その会社だって多分、新人の営業はいるはずだ。で、新人の営業は知識がない。その会社の取引先が、みんなそんな対応したらどうなるだろう」
「…そうですよ。自分の会社の新人営業だと思ってほしいですよね。あたしのお母さんも、あたしが営業始めてからは、家に来るセールスマンに優しくなっちゃったって言ってましたよ」
「あははは。いいお母さんだね。私も、社に出入りする若手営業には厳しいことを言うが、食らいついてくるヤツには成果を上げさせるように心がけてるつもりだ。若い営業はみんなで育てていくべきだし、育ててもらった会社には仕事でお礼をする。これがいい循環だと思うよ。今日の相手は上場企業だし、頑張っていこう」
「はい、課長。こんな引き合い持ってくるなんて、あたし、結構すごいですよね!」

 小野瀬食品に到着しました。先方の対応者は情報システム部長と次長でした。
「いつも後藤がお世話になっております。上司の中田でございます」
「これは、これはご丁寧に」
 お茶が出て一通りの世間話が終わり、さて本題です。
「今回はご提案のチャンスまでいただきまして、ありがとうございます。当社といたしましても、ここはひとつ全力で取り組む所存でございます」
「へ?」怪訝そうなお客の2人。
「いえ、あの、先週の話で…」焦る後藤さんです。
「提案依頼ですって? そんな話をした覚えはないですね。なあ次長」「部長の言う通りですよ、後藤さん。そんな話はしてませんよ」
「確かお二人が…だから、今日は課長と…」(次回に続く

今号のポイント:他社の若手営業を育てよう

 ある日、大手リース会社の新人営業が「せめて名刺交換だけでも」と、受付で粘っているところに通りがかった私は、彼の話を聞くことにしました。数週間前に新規開拓専門の支店ができたこと、まだだれも契約を取れていないこと、来る日も来る日も1人で飛び込み営業をやっていることなど、そんな話を聞いた私は、何かを感じて自分のお客様を紹介しました。ほどなく彼が契約を取り、驚いた上司が来て「何かお礼を」ということなので、自社の若手営業向けに金融知識の勉強会を開いてもらうことにしました。15年以上も前の話ですが、本社経営企画室の一員に抜擢されて活躍中の彼とは、いまだに親交があります。自社、他社を問わず、若手営業はみんなで育てよう。そう考えている人は大勢います。若手営業の皆さん、頑張ろうぜ!

油野 達也
自らもトップ営業として活躍しながら、自社の営業担当者だけでなくパートナー企業の若手営業、SE転身組を長期にわたり預かる育成プログラムに尽力。ITコーディネータのインストラクター経験もあり。