社会生態学者のピーター・ドラッカー氏が残した論考の中から、IT(情報技術)や情報システムに関する指摘を読みとり、経営とITについて考えてみる。これが本欄の目的である。読者の方々はぜひともドラッカー氏の著書を読まれ、ご自分なりに思索を重ねていただきたい。

 第1回においては、2002年に出版された『ネクスト・ソサエティ』(上田惇生訳、ダイヤモンド社刊)の中から、「コンピュータ・リテラシーから情報リテラシーへ」という論文から、企業経営者の意思決定に既存の情報システムはほとんど貢献していない、という指摘を引用した。
 続く第2回は、同じ論文から「二つの情報システム」に関する下りを紹介した。二つの情報システムとは、データ処理を中心とする情報システムと、500年前からある、会計を中心とした情報システムであった。最新のデータ処理システムにせよ、頼りない会計システムにせよ、そこから意思決定に必要な「外部の情報」を取り出せない、とドラッカー氏は断定している。これが、既存の情報システムが経営に貢献しない所以である。
 では、どのようにしたら、経営に貢献する情報システムを用意できるのであろうか。同じ論文の中で、ドラッカー氏は回答を述べる。それは、CEO(最高経営責任者)が「情報責任」を果たすことである。情報責任とは聞き慣れない言葉だが、ドラッカー氏は次のように書いている。

 今日のCEOにもっとも必要とされるものが情報責任である。「どのような情報が必要か。どのような形で必要か」を考えることである。そうして初めて、情報の専門家が、こういうものをこういう形で得ることができると答えてくれる。しかし、実はその答えさえさほど重要ではない。重要なのは、「いつ必要か。誰から得るか。そして自分はどのような情報を出さなければならないか」という、より根本的な問題のほうである。

 その通りである。システム開発を担当している情報システム部員や協力ソフト会社のシステムズ・エンジニアはしばしば、「経営者がシステムに対して明確な考えを言わない」、「お客さんが何をしたいのかをはっきりしてくれない」と不満を述べる。ドラッカー氏が言うとおり、「どんな情報がほしい」と要求するのは本来、経営者の役割なのだが、いまだに多くの経営者はそれが自分の役割と思っていない節がある。

 今日ではほとんどのCEOが、自分が知るべき情報を明らかにするのはCIO(最高情報責任者)の仕事だと思っている。言うまでもなくこれはまちがいである。CIOは道具をつくる者であって、道具を使う者はCEOである。

 問題はここからである。ドラッカー氏の本は何十万部という単位で売れたはずである。座右の書として、ドラッカー氏の著書を挙げる経営者は多い。すると相当数の経営者が、「CEOの情報責任」という下りをかみしめたはずである。しかし、それによって何か変わったのだろうか。
 「情報システムをCIOに任せておくわけにはいかない」と言い出して、ERPパッケージを突然導入し、結果として大金を失った経営者を見かけことはある。だが、ドラッカー氏のいう本質的な意味の情報責任を果たしている経営者はどのくらいいるのだろう。
 情報システムは、仕事のやり方を反映したものであり、その仕様を最終決定するのは経営者である。問題は、「必要な情報を定義してくれ」と言われても、経営者の多くが情報を定義できないというところにある。必要な情報を決めるということは、その会社の仕事をどのように遂行していくかを決めることでもある。これはなかなか難しい。引き続き、ドラッカー氏の論考を読みつつ、この点について考えてみたい。

(文・ドラッカーのIT経営論研究グループ)


ドラッカーのIT経営論研究グループ:社会生態学者、ピーター・ドラッカー氏の情報およびITに関する論考を読み解くことを目的とした有志の集まり。主要メンバーは、ドラッカー学会に所属するIT産業関係者である。

注)本稿は以前、ITProにおいて発表されたコラムに加筆したものです。