昨年惜しくも亡くなった、社会生態学者のピーター・ドラッカー氏は、社会の変化、企業やNPO(非営利団体)の経営(マネジメント)、イノベーションや知識活用の実践、技術の活用、プロフェッショナルのあり方など、多方面にわたって膨大な論考を残した。その中には、IT(情報技術)や情報システムに関する指摘が含まれており、我々に重要な示唆を与えている。
 そこでドラッカー氏の著作物をひもときながら、経営とITについて考えてみたい。ただし本欄に掲載するコラムはあくまでも紹介文に過ぎない。読者の方々はぜひともドラッカー氏の著書を読まれ、ご自分なりに思索を重ねていただきたい。

 先頃、ドラッカー氏の業績に基づいて、さらに考えるための研究組織として「ドラッカー学会」が我が国の有志によって設立された。ドラッカー氏の名前を冠した学会が設立されたのは世界で初めてである。可能であれば、 ドラッカー学会と連携しながら、「ドラッカーのIT経営論」について考えていければ、と思っている。
 第1回目にあたっては、2002年に出版された『ネクスト・ソサエティ』(上田惇生訳、ダイヤモンド社刊)の中から、「コンピュータ・リテラシーから情報リテラシーへ」という論文を紹介する。この論文の中心は、企業経営者の意思決定に既存の情報システムはほとんど貢献していない、という驚くべき指摘にある。ドラッカー氏は次のように喝破している。

「情報を道具として使うようになるや、それが何であり、何のためであり、どのような形であり、いつ得るべきであり、誰から得るべきであるかが問題となる。そしてそれらの問題を検討するや、必要な情報つまり重要な情報は、現在の情報システムでは得られないことを知るにいたる」

 企業経営でも、販売活動でも、生産活動でも、何でもよいが、時には仕事の手を休め、自分の仕事を進める上で必要な情報について、個々人が上記の「5W1H」を考えてみることは重要である。読者の皆様も5分間ほど、「自分の仕事で成果を上げるためには、どのような情報が必要だろうか」と考えてみていただきたい。
 5分後に、机の上に乗っているであろうパソコンから、あるいは仕事で使っている情報システムから、「これが必要」と考えた情報が得られるようになっているかどうか、検討してみる。すると「重要な情報は、現在の情報システムでは得られない」ことが分かる。もし、必要な情報はすべて手に入る、という読者がおられたら、その方が所属する企業あるいは組織は、情報を適切に取り扱える卓越した仕組みを備えていると言える。