SOA(サービス指向アーキテクチャ)やWeb2.0、SaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)をはじめ、企業が新たな技術やコンセプトを柔軟に取り入れていくためには、ビジネスとITのアーキテクチャを確立させることが重要だ。これを実現させるものとして、数年前から話題になったのが、「エンタープライズ・アーキテクチャ(EA)」である。

 一時はメディアで特集を組まれることもあったEAだが、最近では記事の見出しなどでもあまり見かけなくなってきた。ITの世界は、他の業界と比べて言葉の流行り廃りが激しいから、このこと自体はそれほど珍しくない。通常、見かけなくなった言葉には2つのパターンがある。一時のブームが去って本当に消えてしまったか、もしくは地道に実用例を増やしながら世の中に定着しているか、である。

 EAはどちらなのか。筆者は後者であると考える。企業が全社的なシステム計画・構築を考える際に、EAについて検討するケースを目にすることが増えているからだ。たとえEAと呼ばなくとも、EAの考え方を活用している場合も少なくない。今年1月の日経マーケット・アクセスの調査でも、約2割の企業がEAを既に導入しているとの結果が出ている。

 それにEAという言葉を耳にする頻度は下がったものの、「アーキテクチャ」や「アーキテクト」は、IT業界で一般的な表現となった。EAが話題になる前には、アーキテクトという言葉が、ITの世界ではほとんど使われていなかったことを思い出して欲しい。EAは確実に定着しつつある、といっても良いのではないか。

EAと融合する米政府のIT戦略計画

 海外に目を転じれば、日本以上にEAの定着を明瞭に感じ取ることができる。EA先進国である米国を例に取れば分かりやすい。

 米国では、以前から政府のEA作成を進めていたが、今年1月に公表された連邦政府CIOカウンシルの「戦略計画2007-2009」(以下、同計画と記す)では、政府のIT戦略計画にEAを緊密に取り込んでいる。単体でEAが存在するのではなく、より上位の戦略の中に明確に位置づけているのである。

 政府と民間企業では、同じEAといっても想定する期間や作業の進め方に異なる点も多い。とはいえ、同計画はよくまとまったものであり、多くの企業でも参考と思われるので、少しその内容を紹介したいと思う。

 同計画の方向性は、「ビジョン」「ミッション」「ガバニング・プリンシプル」そして「ゴール(目標)」の4つのレベルで定められている。ビジョンとは目指すべき組織の姿。具体的には、ビジョンは「国民に奉仕し、国民を守るために、ITを戦略的/効率的/効果的に用いる連邦政府」になる。

 ミッションとはこのビジョンを実現するために実行すべきことであり、EAの実施に求められる組織の基本方針でもある。こちらは「政府横断的なITマネジメント実施を強化するために、連邦政府CIOのコラボレーションを促進する」というもの。いずれも米国政府固有の状況を色濃く反映している。

 そしてガバニング・プリンシプルはビジョン、ミッションの実現活動の主要な原則と、基本的な考え方を定めたものだ。これらの3つは、いずれも本質的だが抽象的な目標を示しているといえる。

EAと結び付くIT戦略計画の「ゴール」

 より具体的な目標である「ゴール」が、この計画の中核要素となる。ゴールは、(1)高度IT人材の確保、(2)的確な情報伝達、(3)相互運用性を持つITソリューション、(4)相互運用性を持つインフラの実現、を目指している。

 それぞれのゴールは、さらにブレークダウンした複数の「オブジェクティブ(目的)」、ゴール実現に向けての具体的な活動内容である「主な活動とタイムライン」、具体的な数値目標である「KPI」などによって具体化される。ビジョンやミッションから、ゴールやKPIなどの具体的な目標までは、論理的結び付いている。

 このゴール、オブジェクティブやKPIの中に、EAの考え方を効果的に用いているのだ。いくつか例を挙げよう。

 2つ目のゴールである「情報が、安全/迅速/確実にステークホルダーに届けられること」のオブジェクティブの1つに、「連邦政府横断的に情報を管理し、共有するための一般的フレームワークとしてデータ参照モデル(DRM)を導入する」というものがある。DRMは、EAでデータアーキテクチャを構築するため、組織内のデータ標準を定めるドキュメントの1つだ。

 3つ目のゴール「相互運用可能なITソリューションが特定され、連邦政府横断的に、効率的/効果的に用いられること」にも、KPIの1つに「政府機関のうち50%がOMBのEAアセスメントでレーティング4.0以上を得ること」がある。OMBはOffice of Management and Budgetの略で、連邦政府の予算を管理する部局のことだ。このEAアセスメントでの評価を新規IT予算の配分に影響するとされている。EAは、米国政府のIT戦略の中に密接に取り込まれ、既に不可分のものになりつつあるといえるだろう。

EAでエンタープライズが「変わる」

 米国だけでなく、IT先進国におけるEAへの関心に衰える様子は見えない。例えばインド。戦略的オフショア・アウトソーシングの分野でインドを代表する企業の一つである、インフォシス・テクノロジーズ(Infosys Technologies)がEAに力を入れている。

 今年2月、同社は、EA推進を進めている国際標準化団体「The Open Group」によるEA実践者会議(Enterprise Architecture Practitioners Conference)の、アジア初の開催を誘致・後援した。一企業が同会議を誘致するのは極めて珍しい。

 同社のS. GopalakrishnanCOO(最高執行責任者)は、この会議のセッションで、柔軟で適応能力の高い組織の実現にはEAが非常に重要だと話した。急速に存在感を増してきたインドのIT産業で、EAへの注目が高まりつつあることの一つの現れだといえよう。

 国内でも静かに浸透しつつあるEAであるが、まだ普及率が高いとまでいえる状況ではない。利用の度合いからみても、国内企業のEAはまだ2.0はおろか1.0にも達していない場合が少なくないだろう。改めて足元を見渡してみれば、エンタープライズには「変わる」余地がまだまだ残っているといえそうだ。

相原 慎哉
みずほ情報総研コンサルティング部シニアマネジャー TOGAF 8 Certified Practitioner/ITコーディネータ/システムアナリスト。「EA大全」「ITとビジネスをつなぐエンタープライズ・アーキテクチャ」(いずれも共著)ほか、IT、EAにかかわる執筆、講演多数。EAを含むIT戦略のコンサルティングにも携わる。