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木下 敏之(きのした・としゆき)

木下敏之行政経営研究所代表・前佐賀市長

1960年佐賀県佐賀市生まれ。東京大学法学部卒業後、農林水産省に入省。1999年3月、佐賀市長に39歳で初当選。2005年9月まで2期6年半市長を務め、市役所のIT化をはじめとする各種の行政改革を推し進めた。現在、様々な行革のノウハウを自治体に広げていくために、講演やコンサルティングなどの活動を幅広く行っている。東京財団、富士通総研の客員研究員も務める。著書に『日本を二流IT国家にしないための十四か条』(日経BP社)。

※ このコンテンツは『日経BPガバメントテクノロジー』第15号(2007年4月1日発行)に、コラム「誰のための電子自治体? 第1回」として掲載されたものです。

 昨年末、厚生労働省の人口問題研究所が将来の人口予測の見直し結果を発表した。予想されたものではあるが、人口が9000万人を切ると予測されている2055年の人口ピラミッドを見ると空恐ろしいものを感じる。今、8歳の私の息子が58歳になる時は、日本は高齢者ばかりになる。私の息子の世代が、膨れ上がった高齢者の医療費や介護費用を負担することは不可能である。

 負担を支え切れないのは自治体も同じだ。2055年を待たずして、税金を納める働く世代の減少と高齢者の増大による福祉費用の増加によって、相当の自治体が夕張市のように破綻するだろう。

 さて、今回から始まる連載では、自治体の幹部や首長の視点から情報政策部門に期待することを書いてほしいとの依頼を受けている。内心、「ウーム」とうなってしまった。

 以前の寄稿(「このままではもうIT予算は取れない」)では、「トップ層のリーダーシップが、電子自治体実現の鍵を握っている」と結論付けた。だが、少なくとも私の知る限り、大部分の首長はITには詳しくないし、重点も置いていないし、関心もない。

当面は内部事務の効率化を

 大方のトップ層が情報政策部門に期待していることは、「正直、ITはよく分からんが、そうも言えない。他の自治体と比べて恥ずかしくない程度にはやっておいてくれ。ただし、金はないから、何かするなら他のところを削って予算案を持ってきてくれよ」という程度であろう。

 しかし、トップ層が認識を改めるまで待つことはできない。これから10年、20年先を見ていくと、多くの自治体では、次の2つのうちのどちらかのことが起こる。

 1つは、団塊の世代の退職に合わせて大幅に職員が減らされるが、仕事の量は変わらず、どんどん忙しくなる。もう1つは、思ったほどには職員数は減らないが、逆に福祉など住民サービスを減らし続けたことで住民の反発が強まり、ついに給料が相当に削減される。今はまだ余裕のある首都圏の自治体も、タイムラグはあるが、いずれこのようなことになる可能性が高い。

 ではどうするか?今こそ、「真のIT化」の出番ではないかと思う。

 誰のための電子自治体?――と問われれば、それは住民のためである。これには3つの方向性がある。1つは、施設予約の電子化など住民の利便性が直接向上するもの。もう1つは、IT化により内部事務を効率化してお金と人員の余裕を生み出すもの。その分を税収が厳しくなる中でも住民サービスを最大限維持することや教育部門に使うのである。最後の1つは、滞納整理の支援など、直接増収につながるIT化である。

 住民番号が納税者番号や社会保険番号などとして統一されて広く使われ、電子認証も、もっと簡便な方式であれば、電子申請の利用率も大きく向上するであろう。しかし、この点がすぐに改められることは考えにくく、利用率向上は今のままなら絵に描いた餅である。つまり、「住民のための電子自治体」の実現は、当面は「内部事務の効率化」という間接的な道しかないと思う。

 これまでは、「内部事務の効率化」の提案には、「余った人をどうするの?」という問題があった。だが、団塊の世代が大量退職するこれからは、その問題がなくなるはずだ。「2007年問題」は、自治体にとってIT 導入の最大のチャンスなのだ。

 真のIT化による効率化で仕事が減れば、「大幅に人が減ると、残った人の仕事が大変になる」とはならないし、お金も浮く。早く取り組めば取り組むほど、住民サービスが維持できるし、将来の地域の発展の鍵を握る教育や産業振興にも予算を重点配分できるのである。

最大の好機を逃すな

 ここでいう「真のIT化」とは、仕事のやり方自体がゼロベースで見直され、結果として人が何人も減らせるものである。加えて、住民も便利になることもある。

 例えば、生活保護の対象者の戸籍を確認する事務がある。ある市役所では、生活保護担当者が同じ市役所の戸籍担当者に文書を出して戸籍の書類を請求していた。だが、それぞれの担当部局がオンラインで基幹システムに直接アクセスし、戸籍情報を確認できるようにすれば時間も手間も省けるはずだ。

 制度改正が必要なものもある。例えば、国民健康保険に加入している人が他の市町村に転出した場合、現在の転出届には所得に関する情報が記載されていない。そのため、転入届をもらった自治体の国保担当者は、転出先の自治体に手紙を出して所得の情報を問い合わせている。しかし、こんなことは転出届に所得の情報を記載するように制度を変えるか、全自治体が転出の際に無料で所得証明を発行して、転入届を出すときに、国保の担当者が「一緒に所得証明を提出してください」と頼むよう取り決めれば済む。こうした小さなことを重ね合わせていくと相当な効率化につながる(東京財団のWebサイトで私の研究報告書「IT・住基ネット(住民番号)を活用した地方行政の研究」を公開中である)。

 こうした例は、各地を講演で回ったり、また、志のある情報政策関係の自治体職員、SEやコンサルタントと意見交換させていただいたなかで、いくつも教えてもらった。しかし、あるSEは、こうも言っていた。「これまでも業務自体が不要になるような提案をしたことはあるけれど、大体、担当課長かその手前で止まってしまう。お役人さんは、人が減る提案は歓迎しないんだよね」。

 このコラムを読んでいる50歳以下の自治体職員の皆さん、これでよいのだろうか。繰り返しになるが、団塊の世代が大量退職するこのチャンスを逃してはならない。勇気を出して、総務部長や副市長、市長に直訴してみてはどうだろう。ベンダーにとってもチャンスである。SEの人たちも、自分ができないなら会社の幹部を使って市役所幹部に提案をしてみたらよい。また、そうしないと、予算は簡単には付かないだろう。