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木下 敏之(きのした・としゆき)

木下敏之行政経営研究所代表・前佐賀市長

1960年佐賀県佐賀市生まれ。東京大学法学部卒業後、農林水産省に入省。1999年3月、県庁所在地の市長としては当時最年少となる39歳で佐賀市長に当選。2005年9月まで2期6年半市長を務める。市役所のIT化をはじめとする各種の行政改革を推し進め、300億円以上を節約し、市の財政を大きく改善することに成功した。現在、様々な行革のノウハウを自治体に広げていくために、講演やコンサルティングなどの活動を幅広く行っている。

 私は2005年9月まで、佐賀市の市長をしていた。佐賀市役所は2005年4月に、韓国系企業のサムスンSDSと組んで、基幹システムの刷新を行った。開発期間はわずか1年間、ゼロからシステムを作り上げる、ソースコードは開示する、知的所有権は市役所と共有する、管理を地元企業に任せるために技術移転をきちんとするという、かなり厳しい条件での契約だった。これらの一連の経緯と、そこから見えてきた自治体に共通する課題について、9月末に出版した著書『日本を二流IT国家にしないための十四カ条』(日経BP社刊)に詳しく記した。

 実は、このシステム刷新はあくまで佐賀市役所のIT改革の第一段階に過ぎない。バラバラになっているサブシステムの整理統合や、電子文書管理システムと電子決裁システムの導入、本格的なBPR(業務プロセスの刷新、Business Process Reengineering)の実施など、第二、第三段階の計画があった。しかし、残念ながらその後、これらの計画は進展していない。

 新しい執行部のITに関する知識が十分ではないということもあるが、原因はそれだけではない。自治体の財政状況がどんどん厳しくなってきていることに、最大の原因があると思う。

■高齢化が財政に及ぼす影響は大きい

 財政難というと、政府に大変な借金があるために、地方交付税交付金や補助金を減額されるのが一番の要因だと思われる方も多いと思う。しかし、それよりもはるかに深刻な影響を及ぼすのは、高齢化と人口減少である。

 高齢化の進展は、自治体にとっては非常に厳しい現実である。第一に、介護保険や社会保険など福祉関係予算がどんどん増えてきて、自治体の財政を圧迫している。たとえば東京のある区では、この5年間で65歳以上の割合が15.5%から17.0%に増えたに過ぎないのに、介護保険への拠出金は43億円から59億円に増えている。対象人数が少々増えただけで、事業費はかなり膨らむことがお分かりいただけると思う。

 自治体の実施している高齢者福祉は介護保険だけでなく、一人暮らしのお年寄りのための配食サービスや緊急警報装置の配備など多岐にわたっている。このまま高齢者が増えていけば、サービス内容はそのままでも、事業費はどんどん膨らんでいく。

 恐ろしいのは高齢化の中身である。高齢者でも、歳を取るほど介護が必要な人が増えるため、更にコストがかさむ。70歳以上の人口構成比で比較してみると、2000年は日本全体で12%だったが、2020年には21%に急増する。70歳以上の人が、20年間で約1200万人増える計算になる。

 実は、この高齢化のスピードは都会の方が速い。2000年2020年の70歳以上の人口比率の比較で見てみると、佐賀では30%増えるが、東京や神奈川では2.2倍、千葉では2.3倍近い数字となる。もちろん、30%増でもとても大変な事に変わりはないが、2倍以上になるというのはそれ以上の負担になる。

 一方で、子供の数が減っているので少子化対策も進めなくてはならない。こういった理由で、福祉に使う予算は、佐賀市役所の場合2000年の65億円から、2005年には90億円となり、2008年には100億円を超えると予測されている。

■多くの自治体は人口減少のダブルパンチ

 多くの地方自治体では、人口減少も始まっている。地方自治体にとっては、税収が減り、地方経済の活力も低下する。働く世代が減れば住民税が減る、というのはわかりやすいが、それだけではない。人口が減るということは若い人が減るわけで、新たに土地を買って家を建てる人が減るから、固定資産税も減る。当然のことながら、多くの地方都市では、今後も土地の値段が下がり続け、固定資産税の徴収額も減り続ける。

 島根県のある過疎の町に私の知人が勤めているのだが、固定資産税収がピークの時と比べて20%以上減っていると言っていた。固定資産税を増やすには、地価が上昇するのが一番だが、よほど経済活動が盛んにならない限り、地方で地価の下落を止める手立てはないのが現状だ。

 政府の応援も当てにならない。700兆円を超える借金があるからである。政府は2011年までに、プライマリーバランスを均衡させると宣言しているが、そのためには少なくとも11兆円以上予算を削らなければならない。そしてそれが達成できたとしても、次の段階として2016年までにさらに何兆円かを削らなければならない。

 このように、高齢化で必要な予算が増え、人口減少と高齢化で税収が減り、政府からの交付税交付金や補助金も減る。当然多くの自治体は、貧乏になっていく。トヨタ自動車のような優良企業の本社や工場があるなど、一部の恵まれた自治体を除いては,今後予算はどんどん減っていくのである。

■IT予算は真っ先に削られる

 では、このような流れの中で、IT関連の予算が増えるかというと、その可能性は極めて小さい。役所の中での「予算の奪い合い」に、勝てるとは思えないからだ。まず、IT関連の部署はただでさえ政治力が弱いし、今後公共事業を削減することには猛烈な抵抗が予想される。なぜなら、公共事業費ピーク時の10年前と比べてすでに半額程度になっているし、多くの市町村長は選挙の際に建設業界に相当に世話になっているという事情もある。

 また、高齢者福祉の予算に手をつけることも難しい。なぜなら、高齢者は選挙の投票率が非常に高いからである。私も市長時代には、高齢者に対する敬老祝い金を大幅に削減したが、非常に強い反発を受けた。

 さらに、ITは効果が見えにくい。私も「IT事業はコスト倒れ」という印象をいつも抱いていた。財政課の見方も同様だと思う。私が市長在職時に、IT化の効果として「A課で0.2人削減、B課で0.3人分削減……合計3.3人分の事務量が削減されます」というような説明を受けたことがある。しかし、こうした説明にリアリティを感じることはできなかった。0.7人分だけ人を雇うことは、現実にはあり得ないからだ。

■まず組織を変えることが必要では

 しかし見方を変えれば、この財政状況の悪化は、明確な効果があるIT事業を実施しようという方向に意識を変える良いチャンスだと思う。まず、市役所の収入が増えるIT事業を計画することと、本当に人件費や経費が削減できるシステムを導入することである。

 「市役所の収入が増えるIT事業」として佐賀市では、刷新した基幹系システムの著作権をベンダーと共同で所持しているが、これは(実現はしていないものの)他の自治体にシステムを販売することも視野に入れてのことだ。また、システムによっては、新たに導入することで収入増を見込める場合もあるだろう。例えば、滞納整理支援システムを導入すれば、担当する職員を減員して人件費を減らせる一方で、滞納整理が進んで税収が増えることは間違いない。

 ただし、「本当に人件費が削減できるシステム構築」については、これまでの仕事のやり方をゼロから見直すことが必要になる。滞納整理を例にとっても、まず最初にやるべきなのは支援システムの導入ではない。滞納整理部門の組織編成を変えて、国民健康保険の滞納も市営住宅や保育所の滞納整理も、バラバラではなくまとめて徴収するようにすることが先決だ。「BPRを行い、組織の編成も変え、ITシステムを導入することによって、具体的に人件費が○○減らせる」というように踏み込んだ計画を立案しないと、予算が取れない時代がすぐそこまで来ている。

■トップ層のリーダーシップが成功の鍵を握る。

 コストを下げるには、システムを他の市町村と共同化する、という方法もある。これは、それぞれの市町村で細かく違っている仕事のやり方を、一つにまとめる作業でもある。細かく見ていくと、住民票の様式や市長公印の位置、紙のサイズまで違うのである。

 では、組織の再編成や、自治体をまたがる仕事のやり方の統一が、ボトムアップでできるであろうか。まず不可能である。なぜなら、自治体職員は組織が潰れかかってもボーナスはもらえるわけで、構造的にどうしても業務を効率化しなくてはならないという危機感が薄いからだ。実際、優れたベンダーSEが抜本的な業務改善提案をしてくることもあるのだが、往々にして市役所の課長止まりで潰れてしまう。これも、職員側の危機感の薄さゆえであろう。

 この壁を突破できるとしたら、少なくとも総務部長クラス、できれば助役や市長がトップダウンで計画を進めるしかないと思う。結局、自治体トップ層のリーダーシップが、電子自治体実現の鍵を握っているのである。

日本を二流IT国家にしないための十四ヵ条

自治体IT改革提言の書!
『日本を二流IT国家にしないための十四ヵ条』

木下敏之(著)

木下敏之・前佐賀市長が在任中に推し進めてきた佐賀市役所におけるITを用いた行政改革。その取り組みの中で見えてきたのは、電子自治体事業で既得権益に固執する日本のIT企業と、コスト意識が低く、そうしたIT企業の言いなりになって安穏としている多くの自治体の姿だった…。
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