Yefim Natis氏  
Gartner社
Yefim Natis氏,
Vice President and Distinguished Analyst

約10年前,ロイ・シュルタ氏とともにSOA(サービス指向アーキテクチャ)に関する調査論文を発表し,SOAという概念を広めることに貢献したイェフィム・ナティス氏。ナティス氏はSOA成功のカギを,「一に規律,二に規律,三に規律」,そして「小さく始めること」と説く。SOAの現状と課題を聞いた。(聞き手は高下 義弘=ITpro)


ロイ・シュルタ氏とともにSOAの調査論文を執筆してから10年が経過し,SOAはいまITで最も重要なキーワードの一つになりました。

日本はもちろん,米国でも欧州でもSOAは企業情報システムのホット・トピックとして扱われている。

注目すべきなのは,ITベンダーだけではなく,ユーザー企業がディスカッションの中心にいることだ。ユーザー企業では単なるアイデア・レベルではなく,すでに実際のシステムとしてSOAが動き出している。ベンダーが提供しているツールやソフトはSOAの実現に十分なラインナップとは言えないまでも,ユーザー企業自身が工夫して,自社なりのアプローチでSOAを実現しようとしているのだ。

この10年で,SOAにつながる個々の技術や方法論,考え方はかなり発展してきた。「SaaS(Software as a Service)」といったキーワードが広まってきたのは,SOA発展の一つの象徴と言えるだろう。しかしそれでもまだ,成熟が必要な技術や方法論はあるし,それらの融合や連携が進んでいるとは言い難い。各ベンダーが提供しているESB(Enterprise Service Bus=サービス同士の連携機能を提供するミドルウエア)製品はまだ成熟しているとは言えない状況だし,SOAのサービスを開発・管理するツールも同様だ。

ベンダーは,ユーザー企業が実現したいSOAの姿を描き,それを実現するツールを提供していく必要があるだろう。メインストリームのユーザー企業がSOAに基づいたシステムを成功裏に構築するには,まだ十分に環境や道具が揃っていない。例えば,サービスの各種情報を管理するレジストリやレポジトリ機能を提供するソフトがない。企業が作った各種サービスを統合的に管理するツールもない。サービスが少なければ管理ツールは必要ないが,サービスの数が数十,100のレベルになると,管理ツールがどうしても必要になる。

やや矛盾するようだが,ツールが重要である一方で,SOAの成功はツールに依存するものではない。SOAは原理原則が大切だ。ツールが少ないことで逆に原理原則を貫くことに意識が向き,成功しやすくなったケースもある。

SOAの原理原則とは,具体的にはどんなものでしょうか。

一にdiscipline(規律),二にdiscipline,三にdisciplineだ。「似て異なるサービスをむやみに増やさず,既存サービスの流用を検討する」,「サービスで使うデータ項目はきちんと管理しておき,意味のないデータ項目の追加を許可しない」といった,SOAの“ガバナンス”を実施するのである。

その規律を貫くには,横断的な組織が必要だ。共通に使えるサービスをどう作るか,どうサービスを流用するか,といった全社レベルのテーマを決める,いわば合意の場である。これがなければ,サービスの活用や再利用,効率的な開発は望めない。SOAに基づいたシステムはすぐに立ち回らなくなり,SOAのメリットである柔軟性や再利用性は失われてしまうだろう。

SOAは長期的な活動であることをよく認識しておくべきだ。SOAは永続的な活動であり,決して一過性のプロセスではない。徐々に社内に浸透させていく「文化」という側面もある。

だから,まずは一つのプロジェクトでSOAの考え方を適用し,徐々に広げていくアプローチが良い。一度に大きく適用しようとすると,たいがい失敗の憂き目にあう。

日本のユーザー企業に目を向けると,ベンダーに任せきりにする“丸投げ”がしばしば見られます。丸投げでは決して良いシステムは作れませんが,SOAが長期的な活動,あるいは文化と言うべきものであるならばなおさら,丸投げは良くないことですね。

ユーザー企業がコンサルタントやSI(システム構築)ベンダーに助言を仰いだり,実際のシステム構築を依頼することは珍しくない。SOAの実現に必要なツールを見立ててもらったりと大いに役立つこともあるが,一方でデンジャラス(危険)でもある。

SOAはユーザー企業が主体的に,かつ中長期的な視野で取り組んでこそ,大きな変化をもたらす。そして,SOAがなぜ必要なのか,SOAで何が実現できるのか,SOAはどうアプローチすれば実現できるのか,という理解やノウハウがユーザー企業に蓄積されると,変化はさらに増幅される。SOAの時代,丸投げするユーザー企業,つまり「ベンダー依存型」のユーザー企業は,決して競争に勝つことはないだろう。

SOAの柔軟性や拡張性は,企業経営にも大きなメリットをもたらすはずです。ですが,まだ経営者にはその理解が浸透してないようにも感じています。

プログラマ,プロジェクト・リーダー,CIO(最高情報責任者),そしてCEO(最高経営責任者)のそれぞれで,ITに求めるものは違う。CEOがITに対して求めるメリットは,プロジェクト・リーダーが求めるメリットとは,やはり質は異なることだろう。

それでも皆がITに求める共通のものがある。俊敏で(agile),管理しやすく(manageable),情報にアクセスしやすい(accessible)情報インフラだ。

刻々と更新される各種情報システムのデータに,リアルタイムにアクセスする。ビジネス・ルールの変更をすぐにシステムに反映する。SOAが約束するのは,そうした誰もが望む情報インフラの実現である。