ガートナー ジャパン
リサーチ グループ バイス プレジデント
山野井 聡

 企業システムの善し悪しを決めるのは,データ構造の設計――ここでは「情報設計」と呼びましょう――情報設計と,プロセス(業務)設計の質です。ITリーダーの皆さんは,日々ここにどれだけの時間をかけていますか。

 ガートナーの調査では,IT部門の工数のうち,情報設計には10%,プロセス設計には15%が投じられています。そして5%がベンダーとのやりとり。残り70%は,IT関連の業務です。サーバーの保守,Vistaなどテクノロジーの検討に使われています。

 このパーセンテージを変えていきましょう。これからのIT部門にとって重要なのは,情報設計とプロセス設計です。ガートナーからの提案としては,2010年までに,それぞれの工数を倍にすることです。情報設計を20%,プロセス設計を30%にしませんか。つまり日常業務の半分を,情報設計やプロセス設計に投じることになります。

 情報設計とプロセス設計は,柔軟なシステムを構築する上での「肝」です。

 情報設計において重要な点は,言うまでもないですが,企業のビジネス成功にとってどのようなデータが必要か見極めること。そして,リアルタイムに情報を把握できる術を探ることでしょう。

 最近,モバイル機器やRFID(無線ICタグ),センサーが急速に普及していることは,皆さんもご存じの通りだと思います。ある食品会社では,携帯電話を使ってパッケージのバーコードを読み取り,売れ筋商品の情報やその在庫の状況を本社のシステムに送信しています。これを日々の供給計画に反映させるわけです。モバイル機器とネットワークを活用することで,以前よりもデータの取得と計画への反映のサイクルを短くできるようになりました。

 米国のFDA(食品医薬品局)は,薬の運搬や偽薬の摘発にRFIDを活用しようとしています。また,ある種類の薬は,一定の温度以下で保管する必要があります。ところが輸送時は管理が行き届かず,その温度を超えてしまうおそれがあります。そこでセンサーを使って薬の保管温度を記録し,リアルタイムで潜在リスクを検知することで、管理が行き届いた薬を適用する,というアイデアもあるそうです。こうした発想がIT部門から出てくると素晴らしい。情報の鮮度を高めることで生まれるビジネス価値は,IT部門だからこそ提案できることではないでしょうか。

 リアルタイム性の追求と同時に,柔軟で強固なデータ・アーキテクチャもこれから必須になるでしょう。ビジネス・プロセスの変更あるいはM&Aなどの大きな環境変化が当たり前の時代にあって,情報システムの変更を最小限に抑え,肥大化させないためには,まず安定したデータ・アーキテクチャを構築しておくことが肝要と考えます。

 一方,プロセス設計の巧拙もビジネス価値を左右します。これまで多くの企業では,事業部門ごとに,各事業の業務プロセスを効率化するためのシステムを構築してきました。

 ところが今後の企業経営で必要なのは,全社を横断的に見て,全体最適を達成できるプロセスの実現です。このとき,各事業部門の利害とは関係なく,俯瞰的視点でプロセスを設計する必要があります。

 「Price-Based Costing」という言葉があります。競争力のある市場価格が最初にありきであり,そこから収益性を確保するには,どの程度のコストに押さえるべきか考えよ,ということです。逆に,かかった原価に期待マージンを上乗せして価格を決定するというやり方では,今の競争に勝てないわけです。ただし,「Price-Based Costing」を実現するには,どのプロセスにどの程度コストがかかっているかすべて可視化し,徹底した無駄を省く必要があります。流通業が良い例です。社内プロセスはもとより,メーカー,卸,倉庫,物流,販売店など横断的なプロセスの最適化が求められます。

 こうしたプロセスの設計は,どのプロセスに対しても中立的な立場にあるIT部門であればこそできることです。またこうした最適化はITなくして実現はありえません。ITリーダーがイニシアチブを発揮すべき機会がそこにはあるのです。

過剰な自動化はやめよ

 企業のIT化が進んだ結果,「プロセスの過剰な自動化」とも言うべきケースが見られるようになりました。効率化・省力化の観点で自動化はもちろん歓迎すべきことですが,ある程度「人間系」を残しておいた方が都合の良いこともあります。

 ある証券会社ではITを駆使したネット・トレーディングを進めていますが,顧客からの問い合わせやトラブル対応は即,専門のオペレーターがコールセンターで対応することで全体の顧客満足を上げる努力をしているそうです。自動化して問題ない領域と,人間が手厚く対応すべき領域を,ビジネスの観点から見てバランス良く決めるべきでしょう。