ガートナー ジャパン
リサーチ グループ バイス プレジデント
山野井 聡

 前回までは,「経営戦略に貢献するITはどうあるべきか」という視点で,ITリーダーの皆さんにさまざまなご提案を差し上げました。今回からは逆に,「強力なITが経営戦略の『打ち手の幅』を決める」という視点から,ITリーダーはどう臨めばよいか,ご助言できればと思います。

 ITの世界にはご存じの通り,たくさんの「バズワード」があります。そうしたバズワードの中には時たま,次世代を担う技術が光を放っていることがあります。経営に貢献する技術を目利きするのも,ITリーダーの方々の重要な役割であることは言うまでもありません。

「コンシューマIT」の威力は想像以上

 一つの技術が成熟するまでの期間は,60年程度だと言われています。例えば自動車,電力は60年で,一般消費者の手に渡るまで汎用化されています。

 コンピュータの世界に当てはめるとどうでしょうか。MPUが開発されて大型コンピュータが登場した1970年代を起点にすると,今年2007年はちょうど半分まで来たことになります。

 過去の30年間は,エンタープライズITの時代でした。企業のニーズがテクノロジーを引っ張ってきた時代です。

 ところが2000年以降の5年間で,状況は劇的に変わってしまいました。理由はご存じの通り,インターネットの普及です。加えてパソコンや携帯電話といったデバイスが,一般消費者に普及したことも大きな後押しとなりました。

 この5年間を経て到来したのが,企業ではなく,個人消費者(コンシューマ)がIT全体をドライブする時代です。いま,全世界で携帯電話20億個普及しています。PCを含めたコンピュータが10億台。2010年にはICタグやセンサーを含め2000億個のデバイスがネットに接続されるようになります。

 このような時代,エンタープライズITも当然,その形態を変えていかざるを得ません。

 過去,個人向けに開発された技術が,いつの間にか企業活動のインフラになる,という状況がしばしば見られます。そもそも,パソコンはもともと個人向けに作られたものです。インターネットも起源は軍事・学術用のネットワークですが,まず個人に広がって,その後企業が利用するというプロセスを経ています。

 歴史が繰り返すのならば,今まさに個人向けに繚乱(りょうらん)している技術やサービス――例えば,検索,ブログ,SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス),RSS,Ajax,ポッドキャスティング,P2Pなどのいくつかは,今後必ずエンタープライズITに組み込まれ,企業活動を左右することになるでしょう。そして,これらの技術は企業が最終顧客に提供する商品にも,影響を与えるようになるはずです。

再検討が求められるビジネスモデル

 コンシューマITは,言うまでもなく生活やワークスタイルを大きく変化させています。ネットで買い物は当たり前になりました。こと「アクセス・デバイス」としての携帯電話の活用については,米国より日本の方が進んでいます。

 ネットの普及が起こした生活の変化は様々ですが,特にITリーダーが理解しておくべきは,ビジネスに対して個人の与える影響力が極めて大きくなった,ということです。例えば「口コミ」です。ガートナーのチームが調査した結果によると,日本のビジネスパーソンは商品やサービスの情報を調べる際,5人に4人は,1番最初にネット検索を使っています。新聞や雑誌,情報誌は1番ではないのです。ネット上でどんな評判があるかを調べ,その後雑誌などのメディアで確認し,そして購買に至るというプロセスが一般的になりつつあるのです。

 消費者の購買に至るプロセスがこのように変化してきたため,これまでの広告・宣伝のアプローチは,根本的に変える必要性に迫られています。顧客参加型のネット・コミュニティや,「アルファ・ブロガー(多数の読者を持つ人気ブログの著者)」に商品評価してもらうというのがその例です。

 ほかにも,デジタルカメラとインターネットの普及は,既存の写真屋における「現像してプリントする」というビジネスを大きく揺るがしています。デジカメで撮った画像データをパソコンに移し,ネットを使ってプリント・サービス会社に送信。印刷された写真は,コンビニエンス・ストアで受け取る。このようなサービスが登場しています。さらに面白いのは,印刷された写真の下に広告が入ってもいいのなら,現像代はタダ。このようなビジネスモデルは注目に値するものでしょう。

 さらにデバイス,パイプ(ネットワークなど要素を互いにつなげる役目を果たすもの),コンテンツの普及により,これから企業は世界中の顧客を相手にビジネスができます。流通コストや販売管理コストなどを極小化し,小額取引でも収益性が十分確保できる仕組みを企業は作り出すことでしょう。

 つまり,コンシューマITは従来型のビジネスモデルを壊し,新しく生まれ変わらせるほどのパワーがあるのです。これまでのビジネスモデルは役に立たない。足下で起きているこの動きを,ITリーダーも十分理解しておくべきです。