前回のコラム「SEMを単なる広告手法だと勘違いしていませんか?」を書く際、マーケティングについてあらためておさらいをしてみた。その際、マーケティングの定義を大きく分けて「売るための仕組みづくり」と考える層と、「売れる仕組みづくり」と考える層の二者がいることに気付いた。

 一見すると、「売るための仕組みづくり」と「売れる仕組みづくり」は同義であるように感じるが、決して同義とは言えないだろう。なぜなら、「売るための仕組みづくり」には、企業側が消費者をコントロールして商品を“売る”という発想があり、「売れる仕組みづくり」には、消費者が能動的に買ってくれることによって商品が“売れる”という発想が根底に流れているような気がする。つまりは、言葉の裏に商品の購買行動におけるイニシアチブは企業側にあるのか、消費者側にあるのかという認識の違いが見て取れる。そのため、前回マーケティングを定義付ける際に私はあえて後者である「売れる仕組みづくり」という言葉を使わせてもらった。

 なお、こうした認識の相違はなぜ生じるのだろうか。それを考えていくと、おそらくそれはマーケティングのパラダイムが変容しつつある現在において、旧来のパラダイムに捕らわれた層と新たなパラダイムを積極的に取り入れる層との間にギャップがあるのではないかと思う。

 なぜなら、旧来のマーケティングではどうしても企業発想が先行しており、消費者を軽視しがちな傾向がかいま見えた。ある特定の商品の購買層を言い表す際に使う「ターゲット(ターゲティング)」などは、その最たる例だろう。ご存知のように、「ターゲット」とは「標的、的」の意だが、当然消費者を「標的」にするという発想自体に、企業側が消費者を狙い撃ちできるというおごった考えがあるように思う(※1)。こうした旧来のマーケティングがもつおごった考えに対し、最近では消費者を中心としたマーケティングの重要性が叫ばれるようになっている。

 しかもそれはウェブの世界では特に顕著に現れている。急速に発達したCGM(SNSやブログ、掲示板、写真・動画共有サイトといった消費者発信型メディアの総称)によって発信されるクチコミ情報が消費者の購買行動に与える影響が大きいことが立証されるにつれ、消費者を中心にしたマーケティング活動の必要性が重視されるようになってきている。

 最近話題となっている『テレビCM崩壊』(翔泳社刊)という書籍のなかに、以下のような記述が多く見受けられるのも印象的だ。

 「ひと世代の間にマーケターと消費者の力関係はすっかり入れ替わってしまった。今や、マーケターが消費者に何をどこでどのように買うべきかなど言いくるめられる時代ではなく、消費者がすべてを決める時代となったのだ」(P.58~59)

 「今日の賢い消費者は、本物か、あるいは広告に踊らされた偽者かを見分ける眼をもっている。言い換えれば、消費者の心をとらえる、本当に面白いウェブサイトやキャンペーン、コミュニティなどは、それは広告であっても爆発的にクチコミで広がるのだ」(P.61)

 「消費者のメディア接触時間は、メディアを買う側のものでも、売る側のものでもない。消費者の関心を所有したり、独占したりするものなどいないのである」(P.121)

 「今日の消費者は知識を持ち、賢い。偽りに騙されはしない。彼らは情報に信頼性があるかを見抜き、彼らの意思で自分にもっとも適した製品を購入するのである」(P.202)

 こうした考えは、当たり前のことだと言われるかもしれないが、実は当たり前のことこそ人は見落としやすい。

 例えば、SEM(検索エンジンマーケティング)はユーザーの検索行動をスタート地点とし、その検索ワードに含まれる何かを知りたい、何かを買いたいというユーザーの意図を汲み取り、企業側がその課題に対する解決策を提示することで、ユーザーを自社サイトへと案内する手法だ(※2)。

 しかし、このSEMの領域においてもしばしば見落とされるのが、消費者を中心にしたマーケティングという発想だ。実際、キーワードを検索した際に表示されるタイトル・説明文やその先にあるランディングページを見ても、伝えたいことが企業のエゴによって優先され、消費者の知りたいことが伝え切れていないケースも多く見受けられる。

 逆の考え方をすれば、その消費者中心のマーケティングという1点だけを見据えれば、まだまだ勝機があるのが、現在の検索市場だと言える。例えば、ウェブの話ではないが、中古書店を全国展開するブックオフコーポレーションは、店舗のキャッチコピーである「買い取ります」を「お売り下さい」と言い換えたことで、店舗を訪れるお客様が増えたという。これなどは、まさに企業中心の発想から消費者中心の発想にパラダイムを転換したことによって成功した好例と言えるだろう。

 もちろん、ここで書いたことはウェブ戦略に限った話ではない。「もはや企業の生殺与奪の権利は経営者にもマーケターにもない。すべては消費者が握っている」、そうした自覚のない企業に明るい未来は待ち受けていないのではないだろうか。



※1 あるマーケターが、自分は「ターゲット(標的)」という言葉を極力使わないように、「フォーカス(焦点)」という言葉で代用しているとおっしゃっていた。筆者も攻撃性をもった「ターゲット」という言葉よりも、カメラのピント合わせの意味をもつ「フォーカス」の方が現代のマーケティングには適切な表現だと思う

※2 例外として、「○○で検索してください」という広告によって検索行動をうながす場合もあるが、全体の検索数から見ればさほど大きなボリュームは占めていない

(アウンコンサルティング R&Dグループ 市川伸一)





 本コラムは、アウンコンサルティングのサイト 「(((SEM-ch))) 検索エンジンマーケティング情報チャンネル」に連載中の「SEM特撰コラム」を再録したものです。同サイトでは、SEOや検索連動型広告など検索エンジンマーケティング(SEM)に関する詳しい情報を掲載しています。