竹中通信改革には,「通信・放送の在り方に関する懇談会」(竹中懇談会)と「IP化の進展に対応した競争ルールの在り方に関する懇談会」(IP懇談会)という二つのエンジンがあった。竹中懇談会で作り上げたフレームワークを,具体的な施策に落とし込んだのがIP懇談会である。両懇談会の座長に,この1年の議論を振り返ってもらった(聞き手は山根 小雪=日経コミュニケーション)。


1年を通して議論の方向性に一切のぶれはなかった

  松原聡・東洋大学教授
  松原聡・東洋大学教授
「通信・放送の在り方に関する懇談会」座長

竹中懇談会を振り返ってどうか。

  1年間を通して,議論の方向性は全くぶれなかった。通信・放送分野の将来像と改革の道筋を示すというミッションをきちんと実行できたと感じている。

  通信・放送分野の改革は,小泉内閣の“最後の改革”という位置付けだ。だが,懇談会での提言を政策にする段階には小泉前総理も竹中前大臣も退任している。竹中氏は,驚くほどの熱意と努力で,懇談会の提言を「政府・与党合意」に取りまとめた。さらには「骨太方針2006」に政府・与党合意の内容を盛り込み,閣議決定まで持ち込むことができた。

  それだけではなく,懇談会の報告書の内容を実行に移すための「工程表」を公開し,融合法制の研究会を立ち上げた。IP懇談会では,より踏み込んだ内容の競争政策の見直しを打ち出すこともできた。竹中氏は改革のレールを,並々ならぬ思いで敷いたという印象だ。

竹中懇談会の報告書には,通信・放送分野の法体系の抜本見直しや,2010年のNTT組織見直しなど多岐にわたる論点を盛り込んだ。

 今は通信・放送分野の法律が9本もある。現行の縦割りの規制を抜本的に見直し,レイヤー型の横割りの規制に移行していくことで,規制面での通信と放送の融合が進む。例えば,伝送レイヤーでは有線と無線の免許制度をそろえていくことが可能になる。伝送路を融合し,コンテンツの利活用を進める一助となるはずだ。

  また,懇談会では2010年を節目に,NTT組織の見直しを検討することも提言した。総務省には,2010年までの残された数年間に「新競争促進プログラム2010」に基づいて公正競争を促進するとともに,早期に組織論の結論が出せるように準備しておいてもらいたい。

総務省の通信行政の印象は。

  以前の通信行政は,海外の政策や電力・鉄道など他の規制産業の政策を参考にしてきた。だが今は違う。大胆な規制緩和を推進し,世界一安くて速いブロードバンド・インフラを作り上げた成功体験をもとに,自信を持って政策立案に取り組んでいると感じた。

  議論を進めている間に,公正競争を進めるための制度面の準備はかなりできていることに気付いた。例えば電気通信役務利用放送法や電気通信事業法の中には,競争原理がうまく働く仕組みが織り込んである。あとは,どう適用事例を作っていくかの問題だ。


竹中懇談会の実行役がIP懇談会だった

  林敏彦・放送大学教授
  林敏彦・放送大学教授
「IP化の進展に対応した競争ルールの在り方に関する懇談会」座長

IP懇談会を振り返ると。

  IP懇談会のミッションは,現行の競争ルールの問題点を洗い出し,何を解決すべきなのかというアジェンダの設定だ。総務省の研究会は守備範囲を決めて議論するのが通例だが,今回はフリーな議論ができたと感じている。ネットワーク中立性や「NGN」(next generation network)の接続ルールなど,新しいテーマに挑戦できたことも成果だろう。

  議論の進め方にも,新しい取り組みを盛り込んだ。第1に,競争政策そのものの見直しをするという難しいテーマにもかかわらず,すべての議論を公開の場で行った。第2に,論点整理の段階から意見募集を行った。これはかなり度量が広くなくてはできない。日本では初めての手法ではないだろうか。

構成員として参加した竹中懇談会はどうだったか。

  非常にいい議論ができた。報告書の内容はシンプルに仕上げたが,議論は実に専門的で深いものだった。竹中懇談会の成果は,竹中前大臣と菅・前副大臣が議論に毎回参加し,通信・放送業界の構造や問題点を把握したことにある。大臣と副大臣がそろって各論の議論にまで顔を出すというのは,これまでの通信・放送政策にはなかったことだ。

  総務省は竹中懇談会に「今後10年の仕事が決まる」くらいの心積もりで臨んでいただろう。実際,懇談会の提言が「政府・与党合意」となり,今後の政策の方向性が“お墨付き”となった。通信分野の競争政策では,IP懇談会が実行役となって,具体的な施策のオプションを提示できた。

通信業界への影響という点では,2010年にNTT組織を見直すことで与党と合意したことが大きい。

  竹中懇談会ではNTT法の廃止,すなわち持ち株会社の廃止を念頭において報告書を取りまとめた。NTT法の廃止を提案した狙いは,NTTグループを自由にすることにある。NTTグループには非常に優秀な人材が集まっている。だがNTT法の縛りによって,行動には制限がかかっている。かつての銀行と同じ構造になっており,これは本当にもったいない話。NTT法を廃止して,NTTの人材に自由な発想でサービス開発などに取り組んでもらい,あとは独占禁止法でチェックすればいいと考えている。