今から20年ほど前,筆者が某大学の工学部に在籍していたとき,同学年に1000人ほどの学生がいました。しかし,私も含め女性はわずか8人でした。現在は1100人くらいに定員が増えていますが,そのうち80人くらいが女性だそうで,とても頼もしく思います。

 けれども,IT業界で働く女性技術者がどんどん増えているという実感はありません。国際的に見ても,日本は相変わらず科学技術分野で働く女性の数はとても少ないようです。『男女共同参画白書 平成17年版』によれば,日本の研究者(技術者,大学教授など)に占める女性の割合は11.6%(図1)。欧米先進国と比較すると,アメリカの32.5%,フランスの27.5%,イギリスの26.0%,ドイツの15.5%よりも低い数字です(図2)。

 
図1●日本の研究者(技術者,大学教授など)に占める女性の割合は11.6%
内閣府男女共同参画局発行『男女共同参画白書 平成17年版』による
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  図2●研究者に占める女性の割合の国際比較
日本の11.6%は,アメリカの32.5%,フランスの27.5%,イギリスの26.0%,ドイツの15.5%などと比べ,先進国中,最も低い数字。出典は図1に同じ
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 企業に所属する女性技術者となると,さらに比率は下がります。大学等(短期大学,高等専門学校を含む)に所属する女性技術者は5万8000人いるのに対し,企業には3万3000人しか所属しておらず,全体に占める女性の割合はわずか6.6%にとどまります。

 経済協力開発機構(OECD)が実施した学習到達度調査によると,日本の高校生の理科と数学の学習能力で男女間に有意の差は認められなかったといいます。にも関わらず,進学や職業を選ぶ段階で,女子生徒は理工系分野を選択する割合がOECD諸国の中で最も低い。要するに,日本の女性は理工系の職場に魅力を感じていないということでしょう。

女性技術者は大学に帰れ?

 科学技術立国を標榜する日本の現状がこれでは,国際的な体面からしても,競争力の面からしてもよろしくない,というわけで,政府は様々な施策を打ち始めています。女性のライフスタイルに合わせ,「1.進学」「2.就職(採用)」「3.育成(スキルアップ)」「4.仕事と子育ての両立」というフェーズごとに施策を立て,女性の技術職場での活躍を支援しようというわけです。

 まず「1.進学」。内閣府男女共同参画局は昨年,女子学生向けに理工系の大学や職業を紹介するWebサイト「Challenge Campaign」を開設しました。ここでは,北海道大学の女子学生が道内各地を回って女子中高生と一緒に実験したり対話したりする「理系進学応援キャラバン」や,中央大学大学院理工学研究科がリコーなど4社の女性技術者を招いて講演してもらい,女子大生の理系就職を促すキャリアアップセミナーなどの情報が紹介されています。

 「3.育成(スキルアップ)」と「4.仕事と子育ての両立」については,文部科学省が今年度から,非常勤研究員や任期付きポストドクターなど,出産・育児で研究を中断した研究者の復帰を支援するための特別研究員制度を設けました。博士の学位取得者もしくはそれに相当する能力のある人が対象で,大学院の研究室などを拠点に研究活動を行う場合,奨励金として月額36万4000円が支給されるほか,研究費が交付されます(2年間)。平成18年度は30人が採用され,来年度も新たに同数の採用を計画しています。

 また,文部科学省は,女性研究者の子育て支援で優れた取り組みを行った大学,国立の研究機関を対象に,2000万円~5000万円を支援するモデル育成事業を始めました(予算総額5億円)。今年度はお茶の水女子大学,東京女子医科大学,京都大学など10機関が選ばれており,地域の女性教員懇話会や子育てグループ,同窓会を活用した保育やワークシェアなどの取り組みを支援しています。

 こうした国の施策は大学や国立の研究機関が対象で,企業の現状が改善されるわけではありません。企業に女性の活用を促すものとしては,2000年12月に閣議決定された男女共同参画基本計画における積極的改善措置(ポジティブ・アクション)があります。これは,企業内に男女の参画機会に格差があるときに,女性の積極活用を自主的に進めよというもので,自治体などのように数値目標と実施を義務付けるものではありません。

企業の“自主的な取り組み”は進んでいるか

 実際に松下電器産業は,2001年に「女性かがやき本部(現在は多様性推進本部)」を設置。女性の管理職を増やすために数値目標を設定して,計画的な登用と育成を実施しています。日本IBMは,「1998年に女性の管理職比率が全世界のIBMの中で最下位だった」(同社技術理事の菅原香代子氏)ことから,全社を挙げて女性活用に取り組みました。女子学生を対象としたワークショップや女性幹部候補生を対象としたセミナーを開いて女性の採用や育成に力を注ぎ,同時に女性社員の子育て支援のためにフレックスタイムやe-ワーク(在宅勤務)などの制度を導入。この結果,5年間で女性の管理職比率は目標に大きく近付きました。

 しかし,こうした取り組みがIT業界の隅々にまで行き渡っているとは言えないのが現状です。数百人の女性技術者で構成する日本女性技術者フォーラム(JWEF)は昨年,『女性技術者 就労環境とキャリア形成』という調査報告書をまとめました。これを見ると,いくら会社に仕事と家庭の両立を支援する制度や仕組みがあっても,結局はそれを運用する組織や人,直接的には職場の上司によって,女性が働き続けられるかどうかが決まってしまうという現実がよくわかります。

 大手電機メーカーを退職し,現在は大学院の博士課程で学ぶある女性技術者は,調査報告書に収録された座談会の中で次のように語っています。

 「6時15分に職場を走って出ないと間に合わないというときに,職場の人に『そんなに急いで帰ってどうするんだ。子供なんか別に放っぽり出されるわけじゃないだろう。保育園に10分15分遅れたって,良心があるから見てるだろう。子供の顔をそんなに早く見たいのか』と言われて,もう何を話してもむだだなと思いました」

 これは特別なことではないでしょう。筆者も12年前,0歳児を保育園に迎えに行くのに6時に会社を出ようとしたら,当時の編集長に突然「6時半からの会議に出ろ」と言われて途方に暮れたことがあります。

 毎日定時退社することに対して後ろめたさを感じ,一方で保育士に遅刻して迷惑をかけられないというプレッシャーから,必要がなくても走ってしまうのが母親の心理です。これが毎日,毎日,長い人は10年以上も続きます。この現実を理解できていたら,このような言葉が口から出ることはないでしょう。

出生率はずっと下がり続ける

 子育てや家庭問題を抱える女性に対して,会社が本当になすべきことは,見かけだけ立派な制度を作ったり,女性活用を測る数値目標をいたずらに吊り上げることではありません。

 まず,経営トップが,社員が子供を産み育てやすい環境を作るんだと,本気になることです。その意識が現場に伝わり,職場の意識が高まれば,一致協力して支援していく環境が生まれます。制度に魂を入れると言いますが,職場の意識変革なくしては,出産を機に退職する女性は減ることはない。真の意味での女性活用にはならないのです。

 国が子育て支援の法制度を整えても,運用がうまくいっていない証左としては,いっこうに向上しない日本の出生率を見てもわかります。日本は1970年から2000年までの30年間,働く女性の比率はさして増えていないのに,出生率は下がり続けています。

 しかし,世界の趨勢(すうせい)は違います。OECD24カ国(1人当たりGDP1万ドル以上)のデータによると,1970年時点では,女性の労働力率の高い国ほど出生率が低いという傾向にありました。それが30年後の2000年では,女性の労働力率が高い国ほど,出生率が高い。つまり,多くの女性が働く国ほど,多くの子供が産まれているのです。

 これは30年の間に多くの先進国が,子育てと仕事の両立が可能な社会環境を整えることに努め,成果を上げていることにほかなりません。図3は主要先進国の年齢階級別の女性労働力率,図4は日本とオランダ,ノルウェー,アメリカの4カ国で,女性の労働力率と出生率を比較したものです。70年には,アメリカやノルウェーよりも,日本の女性の方が多く働いていました。しかし今や,アメリカやノルウェーは日本よりも女性の働く比率が高く,しかも80年代半ば以降,出生率も回復してきています。日本だけが取り残されている状況なのです。

 
図3●主要先進国の年齢階級別の女性労働力率
日本は30~39歳を底とするM字型カーブを描いているのに対し,米国,スウェーデンは1980年代にはM字の底が消滅して逆U字型カーブとなり,英国,ドイツも2004年に完全に逆U字型になった(出典:内閣府男女共同参画局発行『男女共同参画白書 平成18年版』)
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  図4●日本とオランダ,ノルウェー,アメリカの4カ国の女性の労働力率と出生率
日本は1970年から2000年までの30年間,働く女性の比率はあまり増えていないのに,出生率は下がり続けている(出典:図3と同じ)
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 IT業界は日本の課題が端的に現れている社会と言えます。子育て中の女性をタブー視する風潮を一掃しない限り,今後も出生率は下がり続けるでしょう。男性も含めた「働き方の柔軟性」や「多様なライフスタイル」を受け入れる徹底した意識変革を行い,それらを実現する職場環境を作っていくことが求められています。

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