ITproでは,IT分野に関連する法律知識を解説する「知っておきたいIT法律入門」を連載している。ここ3回ほどは「偽装請負」をテーマに,請負契約と派遣契約の違い,偽装請負を解消する方法などを取り上げている。

 執筆をお願いしている北岡弘章弁護士によると,偽装請負をテーマに取り上げるようになってから,連載ページからのリンクをたどって北岡さんの事務所のホームページやブログを見にくる人が,以前より増えたという。ITpro読者の中にも,偽装請負に高い関心を持ち,何らかの情報を収集しようとしている方は多いのだろう。

 偽装請負については,厚生労働省が2006年9月4日に「偽装請負に対する当面の取組について」という都道府県の労働局長へ監督指導の強化を指示する文書を発表。全国紙が特集記事を組むなど,ここにきてにわかに高い関心を集めている。新聞などで話題になることが多いのは製造業だが,IT業界でも10月6日付けの日本経済新聞が「システム大手『請負』点検」というタイトルで,野村総合研究所,NTTデータなどの大手システム・インテグレータが請負契約で法令違反とならないよう,契約内容の見直しやガイドラインの作成に着手したことを報道している。

 一般的な労働者にとっては,偽装請負には「安全管理の責任が曖昧になる」という弊害がある。派遣契約であれば,派遣元企業とともに,派遣先企業にも労働安全衛生法に基づいて労働環境や労働時間を管理する責任が発生する。しかし,請負契約を結ぶ偽装請負では,派遣先企業には安全管理の責任は発生しない。結果として,劣悪な労働環境や長時間労働が蔓延しやすくなる。IT産業でも,偽装請負による実質的な派遣が,IT技術者の長時間労働やそこから派生する過労死やメンタルヘルスの問題をより深刻化させている可能性は大きい。

 これだけ問題のある偽装請負が,IT業界内に広がっている理由は2つある。1つは,被害を受けているはずのIT技術者自身に,偽装請負を問題視する声が少なかったこと。もう1つは,派遣先であるユーザー企業,派遣元の元請け企業がともに偽装請負からメリットを得ていたことである。

 前者については,ITproの「記者の眼」で以前掲載した「IT業界のタブー「偽装請負」に手を染めてませんか」の中に,東京都労働局の「IT業界は,従業員からの通報で偽装請負が発覚する例がほとんどない」というコメントがあった。他の業界では労働者からの告発で偽装請負が発覚するケースが多いのにIT業界では労働者からの告発がほとんどない,というのだ。

 後者については,元請け企業には偽装請負の形態を採ることで,孫請け企業のスタッフを派遣先ユーザー企業へ送り込めるというメリットがある(これは,労働者派遣法で禁止されている二重派遣に当たる)。派遣先のユーザー企業にとっては,派遣契約で発生するはずの安全管理責任を免れることができる。

 記者としては,実質的な派遣業務(偽装請負)は原則として,実態に合わせて労働者派遣法に基づく派遣契約に切り替えるべきだ,と考えている。偽装請負で曖昧になっているIT技術者に対する安全管理責任を,明確化することを優先すべきだからだ。

 ただし,単純に派遣契約に切り替えただけでは,孫請け企業のスタッフを派遣先のユーザー企業へ送り込めなくなるなど,実務上いろいろと難しい問題が発生する。「知っておきたいIT法律入門」では,これらの問題の回避策を含めて,今後も引き続き偽装請負を取り上げていく。ご興味をお持ちの方は,ぜひご覧いただきたい。