運用に危機感を抱く企業が,先を競うように「ITIL」活用に乗り出した。先行企業は,部分的な導入だけでも効果を上げている。だが,ITILに安易な期待を寄せる企業に警鐘を鳴らす声もある。ITILだけで問題は解決せず,現場の取り組みだけで得られる効果は限られる。

 「顧客向けシステムで致命的な障害が月に1~2度発生し,その顧客対応や復旧作業に追われる日々。抜本的な対策にまで手が回らなかった」(丸紅情報システムズ ビジネスサービス本部 ネットワークサービス部 NS第3チーム課長 阿部秀一氏)――。

 多くの運用現場は毎日忙しいが,その作業内容は後手後手の対処策ばかり。システムの企画や改善にまで及ばない。そんな,いわば“ダメ運用”と決別するために,英国生まれの運用管理のベスト・プラクティス「ITIL(アイティル)(IT Infrastructure Library)*1」を活用する動きが活発化してきた。国内では2002~2003年を境に,ベンダーや大手情報子会社などが実務に適用するようになった。冒頭で紹介した丸紅情報システムズは,ITILを採り入れ既に課題を解決している。まず,先行企業5社の導入効果を見てみよう。

効果1●致命的な障害はほぼゼロに


図1●丸紅情報システムズはシステム障害の発生件数と担当要員を削減する効果を上げた
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 丸紅情報システムズは,障害の連鎖を断ち切るため,ITILの「インシデント管理」「変更管理」「構成管理」を適用した(図1)。ITIL準拠の運用を徹底したところ,2003年に入って障害件数は急減した。年間十数件あった致命的な障害はほぼゼロになったという。これを受け2003年9月には,主に障害対応に従事していた担当者を別の部署に配置転換。運用担当者は2人減って7人になった。

 ITILの導入によって,システム構成を変更するときのプロセスを明確化し,変更した場合の履歴管理を徹底できるようになった。自前の運用ルールは以前からあったが,「明文化されていないものも多く,決められていたはずの履歴の記録もなおざりだった」(阿部氏)。実際,パッチの適用に起因する障害が起きたときに,パッチ適用の記録が更新されておらず,原因究明に手間取ったことがあった。

 ITILの導入後,あらかじめ作成した手順書に基づいてテストを実施し,結果を報告会でレビューするという一連のプロセスが徹底できるようになった。システムの変更が必要な場合は,変更依頼書の提出が義務付けられ,承認印がなければパッチの一つも適用できない。履歴の抜けもチェックされ,見逃しがなくなった。

効果2●ユーザー対応から解放

 コマツの拠点に常駐し,システム運用全般を担当していたクオリカの担当者。だが,月間800件ものユーザー対応業務にほとんどの時間を費やし,サーバーの設定や保守といった本来の運用業務に時間を割けずにいた。

 そこで,ITILの「サービスデスク」「インシデント管理」「問題管理」を採り入れた。ITILに基づいて,全拠点からの問い合わせを電話で受ける1次窓口と,そこでは解決できない問題に対処する2次窓口に分けた。拠点の担当者は2次窓口とした。ユーザー対応業務は急減し,本来の運用業務に取り組めるようになった。

 一方で,1次窓口もITILに基づいて改善を図り*2,当初は1時間かかっていた電話での回答時間を平均25分に短縮。解決率は,45%から75%程度に上昇した。

効果3●意思統一と士気向上

 ITILには数値では表せない効果もある。ケーブル・アンド・ワイヤレスIDCは,「運用現場の担当者間でコミュニケーションが活性化した」(ホスティングサービス部 プロビジョニング&2ndオペレーションG グループリーダー 中村実氏)と実感している。

 従来はサービスごとに別々に顧客窓口を設定していたが,ITILの「サービスデスク」に基づいて一本化した。その際,現場担当者が一堂に会してITILの定める言葉で改善策を話し合った。共通の言葉を得たことで,同じ悩みを抱えるもの同士の対話の機会が大幅に増えた。

 損保ジャパン情報サービスは「目指すべき方向性が統一され,現場の士気が向上した」(運用部 部長 岸正之氏)という効果も指摘している。これまで運用現場では,業務の成果が見えづらく,目的意識も曖昧(あいまい)になりがちだった。それがITILにより,長期と短期の両面で目標が示され,達成率が数値で可視化されるようになった。現場のモチベーションが高まったという。

効果4●80%の時間短縮を見込む


図2●NTTデータアイテックは障害対応の迅速化を見込む
SAP運用保守サービスの障害対応を改善するためにITILの「サービスデスク」「インシデント管理」「問題管理(一部)」を採り入れている。解決時間を平均80%短縮するなどの効果を見込む。2005年1月に本運用する計画
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表1●ITILに準拠して運用を改善しようとする企業が増えた
短期的な改善活動である「サービスサポート」から採り入れる企業が多い。長期的な改善活動である「サービスデリバリ」に取り組む企業は,今後増える見込みだ
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 実システムへの適用はこれからだが,NTTデータアイテックは,顧客からの問い合わせに対する回答時間の短縮を確実視する。

 同社はSAP R/3システムの運用を代行しているが,従来はヘルプデスクの1次回答率の悪さに悩んでいた。2004年春の調査では,1次回答率は23%。回答時間の遅れは歴然だった。この状況を解決するためにITILの「サービスデスク」「インシデント管理」「問題管理」の導入を決めた(図2)。

 ITILに基づいて見直した新たな業務プロセスを,日本ヒューレット・パッカードのサービス管理ソフト「HP OpenView Service Desk」で実装して半自動化した。さらに,1次/2次という担当部門間に点在していた障害情報や対応マニュアルを一元化。

 これらにより,「1次担当での回答率が向上し,情報入力の手間が削減する」(ERPソリューション事業部 テクニカル部次長 芦田尚樹氏)と見込む。2次担当へのエスカレーション率は現行の87%から40%に削減,問い合わせの解決時間はトータルで80%は短縮できると予測する。

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 上記で紹介した企業以外にも,多くの運用現場がITILに取り組んでいる(表1)。大半は短期的な運用プロセスである「サービスサポート*3」を足がかりに,長期的なプロセスである「サービスデリバリ*4」の導入を目指す。

 ITILの対象範囲は広く,先行企業でもその一部しか取り入れていないのが実情だ。ということは,前述した各社の導入効果は,ITILで得られるメリットの一部でしかないということだ。ITIL全体の効果は,もっと大きなものになる可能性が高い。

 一方で,ITILの導入に当たって注意すべきことは多い。ユーザー企業によっては,ITILを採り入れる必要がない場合もある。次回から2回にわたり,ITIL導入時の注意点と活用法を探る。