制度上のキャッシュ・フロー計算書には出てこないが,フリー・キャッシュ・フロー(FCF)という重要な概念を説明しておきたい。新聞等でも頻繁に目にするようになった重要な概念であるが,正しく理解されていないことが多いので,この機会に是非理解しておいて欲しい。

 フリー・キャッシュ・フローの定義は以下の通りである。

フリー・キャッシュ・フロー = 営業C/F + 投資C/F

 フリー・キャッシュ・フローというと,この式そのままに「フリー・キャッシュ・フローとは,営業C/Fと投資C/Fの合計である」と言われることが多い。しかし「合計」と言われるからか,正しいイメージがつかめない方が多いようだ。

 前回の「キャッシュフロー計算書の構造(1) 」で説明したように,典型的には営業C/Fはプラスであり,投資C/Fはマイナスだ。従って,以下のようにとらえた方がイメージをつかみやすい。

フリー・キャッシュ・フロー = |営業C/F| − |投資C/F|
(|X|はXの絶対値)

 この式の意味するところは,日々の営業でキャッシュを獲得し,図1左側の活動,すなわち明日の仕組み作りのためにキャッシュを使う。それで手元に残った正味のキャッシュ・フローがフリー・キャッシュ・フローということだ。手元に残ったから,自由に使える。これが「フリー」と言われる所以である。

図1●3つのキャッシュ・フローとフリー・キャッシュ・フロー
企業におけるキャッシュの循環サイクルは,1.「右側の資金提供者から資金を調達」,2.「資金を仕組み作りのために投資」,3.「仕組みを使って日々のキャッシュを稼ぐ」,4.「稼いだキャッシュを資金提供者に還元する」となる。右側の資金提供者に関わる部分が財務C/F,左側の投資の部分が投資C/F,日々の正味のリターンが営業C/F。営業C/Fと投資C/Fの正味の合計がフリー・キャッシュ・フローとなる

 自由に使えるといっても,会社が好き勝手に使えるということではない。図1のモデルからも分かるように,フリー・キャッシュ・フローは資金提供者に対する還元原資だ。すなわち,「フリー」とは,資金提供者である株主と債権者にとって「フリー」なのである(注1)


フリー・キャッシュ・フローはプラスが基本

 フリー・キャッシュ・フローがマイナスになると,資金提供者に還元できなくなり,場合によっては財務C/F,すなわち資金調達の必要も出てくる。財務安全性の観点からは,フリー・キャッシュ・フローはプラスにするようにコントロールするのが基本である。

 フリー・キャッシュ・フローをプラスにするためには,|営業C/F|>|投資C/F|とすればよい。これは,「出て行く投資C/Fよりも多くの営業C/Fを獲得する」ということである。見方を変えれば,「投資によるキャッシュ・アウトを営業C/Fの範囲内に抑える」ということだ。つまり,日々の稼ぎの範囲内で投資するということである。設備投資の適正水準としてこの考え方を取る会社が多く,実際,多くの経営者がこのフレーズを口にする(注2)

 シャープのキャッシュフロー計算書 (クリックで別ウインドウに表示)で平成16年3月期(平成15年度)のところを見ると,このセオリーどおり,営業C/F 249,618百万円,投資C/F △169,446百万円で,投資によるキャッシュ・アウトを営業C/Fのキャッシュ・インが上回っている。すなわち,フリー・キャッシュ・フローはプラスになっている。

 この結果,財務C/F全体では△68,961百万円のマイナスになっている。これは,フリー・キャッシュ・フローによって,株主や債権者に資金を還元しているということである。実際,内訳を見ると,借り入れを返済し(ほとんどの借り入れがマイナスになっている),自己株式取得や配当金を支払っていることが分かる。


成長企業ほど積極的に金を使う

 ところが,同じシャープのキャッシュフロー計算書 (クリックで別ウインドウに表示)の平成17年3月期(平成16年度)では,営業C/Fが219,198百万円であるのに対し,投資C/Fは△259,008百万円となっており,投資によるキャッシュ・アウトが営業C/Fによるキャッシュ・インを上回っている。すなわち,フリー・キャッシュ・フローがマイナスの状態だ。この結果,財務C/F全体でプラスになっている。内訳を見ると,短期借入金やコマーシャルペーパーの発行などによって,不足資金を調達していることが分かる。

 フリー・キャッシュ・フローがマイナスになるということは,必ずしもネガティブな情報ではない。実は,成長フェーズにある企業によく見られることだ。シャープの平成17年3月期(平成16年度)の有価証券報告書における第1部−第3−1「設備投資等の概要 (クリックで別ウインドウに表示)」を見てみると,「亀山工場の大型液晶パネル生産能力の増強,三重第3工場のシステム液晶生産体制の拡充など,当社グループの主力事業である液晶への投資を積極的に実施したほか,太陽電池の生産能力の強化や,中国やアメリカの在外子会社の生産設備増強等により,243,388百万円の設備投資を実施した。」とある。薄型テレビ市場における激戦の中,トップシェアを走っているシャープは,攻め続けなければならない。そして,ビジネスの常として,金をかけないところから富は生まれない。成長に貪欲な企業ほど,時として,フリー・キャッシュ・フローがマイナスになってでも思い切った設備投資をするのである。

 参考までに,トヨタ自動車の平成17年3月期以前5年間の連結キャッシュ・フロー計算書を図2に掲げておく。この5年間で,フリー・キャッシュ・フローがプラスだったのは,平成13年3月期のたった1度だけだ。営業C/Fと投資C/Fの絶対額を見ていただくと分かると思うが,トヨタ自動車は毎年,営業C/Fとほぼ同額か,それ以上の投資を続けているのである。

(単位:百万円)
  平成13年
3月期
平成14年
3月期
平成15年
3月期
平成16年
3月期
平成17年
3月期
営業C/F
投資C/F
1,108,831
△1,047,074
759,149
△954,031
1,329,472
△1,385,814
2,186,734
△2,216,495
2,370,940
△3,061,196
FCF 61,757 △194,882 △56,342 △29,761 △690,256
財務C/F △148,930 348,005 33,555 242,223 419,384
図2●トヨタ自動車の連結キャッシュ・フローの推移

 このように,キャッシュ・フロー計算書は,P/LやB/S以上に,その会社のお金に対する姿勢を写し出す。そして,シャープやトヨタ自動車から学び取れることは,成長企業ほど「お金の節約」ではなく,「お金を使うこと」に積極的だということである。お金をかけないところから富は生まれない。コスト削減だけでは,明日はないのである。

 製造現場における徹底したコスト管理の一方で,こういう一面もあることを忘れてはならない。

(注1)債権者に対する還元である元本と利息の支払いは固定的であるので,フリー・キャッシュ・フローの増加分はすべて株主に帰属する。このことから,フリー・キャッシュ・フローの増加は理論上の株主価値の向上につながる
(注2)ジャック・ウェルチ氏や稲盛和夫氏も,これに類するフレーズを自身の著書で述べている

■金子 智朗 (かねこ ともあき)

【略歴】
 コンサルタント,公認会計士,税理士。東京大学工学部卒業,東京大学大学院工学系研究科修士課程修了。日本航空株式会社情報システム本部,プライスウォーターハウスクーパースコンサルタント等を経て独立。現在,経営コンサルティングを中心に,企業研修,講演,執筆も多数実施。特に,元ITエンジニアの経験から,IT関連の案件を得意とする。最近は,内部統制に関する講演やコンサルティングも多い。

【著書】
 「MBA財務会計」(日経BP社),「役に立って面白い会計講座」(「日経ITプロフェッショナル」(日経BP社)で連載)など。

【ホームページ】
http://www.kanekocpa.com

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