今回はキャッシュ・フロー計算書の構造を見ていこう。

 多くの人は暗黙のうちに,利益が出ていれば企業が抱えるキャッシュ(注1)も増加すると思っているかもしれない。しかし,図1を見て欲しい。少々古いデータであるが,1995年3月期から98年3月期までのNEC,富士通,ソニーという電気メーカー3社の利益とキャッシュ・フローの推移だ(図中の「フリー・キャッシュ・フロー」については次回後述)。95年3月期を除けば,棒グラフで表されている利益は3社ともプラスである。だが,同時期に折れ線グラフで表されているキャッシュ・フローがプラスなのはソニーだけである。利益とキャッシュ・フローはこれだけ違うのである。


図1●利益とキャッシュ・フローの違い
1995年3月期以外,3社とも利益はプラスだが,フリー・キャッシュ・フローがプラスなのはソニーだけ。利益とキャッシュ・フローは別物であることが分かる

 NECと富士通は,96年3月期以降,利益は黒字であるがキャッシュは減らし続けてきたことになる。その分,借り入れなどに頼っていたと思われる。このような状況がさらに進むと,利益が出ているのにキャッシュがショートして倒産する「黒字倒産」ということにもなりかねない。実際,バブル崩壊後はそうした黒字倒産が多発した。そこで2000年のいわゆる会計ビッグバンを境に,貸借対照表(B/S),損益計算書(P/L)に次ぐ第3の財務諸表として,有価証券報告書でキャッシュ・フロー計算書を公開することが義務化されたのである(注2)

 先ほど,図1を「少し古い」と言った。実は図1はキャッシュ・フロー計算書が義務化される前の状況だ。つまり,当時はキャッシュ・フロー計算書を「別物」として見ておらず,B/SやP/Lのようには管理していなかったことが容易に想像できる。別物は別物として管理しなければ,図1のようなことになってしまうのである。


売掛金回収に無頓着だとキャッシュ・フローが悪化する

 利益とキャッシュ・フローとの間にギャップが生じる重要な要因としては,売上と売掛金回収のズレ,在庫,設備投資の3つを理解してもらいたい。

 まず,第1の要因は売上と売掛金回収のズレである。売上は図2にあるようなタイミングで計上される。IT関連企業でいえば,製造業は出荷時,従量制課金の通信業は売上額が確定する請求書発行時,システム・インテグレータは構築したシステムの検収時に売上を計上するのが一般的である。

売上計上基準 売上計上タイミング 採用業種の例
出荷基準 商品を出荷したとき。典型的には,出荷伝票が倉庫担当者から経理に回ったときに売上を計上する 小売業
流通業
製造業
請求書発行基準 請求書を発行したとき。典型的には,請求書控が営業から経理に回ったときに売上を計上する 通信業
検収基準 納品物に対して顧客が検収したとき。典型的には,顧客の押印済み検収書が経理に回ったときに売上を計上する 建設業
SI業
工事進行基準 長期にわたる工事等の場合,進捗度合いに応じて売上を計上する。典型的には,費用総予算に対する費用実際発生額に応じて売上を按分計上する 建設業
SI業

図2●発生主義に基づく代表的な売上計上基準

 これらすべてに共通しているのは,代金の回収は売上を計上した後ということだ。具体的には,売上を計上した後に請求書を発行し,例えば翌月末に代金を回収することになる(注3)。売上を計上しても,通常はツケで販売しているので,売掛金を回収しないことには現金は入ってこない。予定通り売掛金を回収できたとしても,少なくとも売上計上と入金との間にはタイムラグが発生する。売掛金の回収やその回収サイクルに無頓着な会社は,いくら利益が出ていてもキャッシュ・フローが悪化する。

 第2の要因は在庫である。在庫はキャッシュという「資産」を商品や材料などの「資産」へ等価交換したものである。製造プロセスに投入したり販売して消費しない限り「費用」にはならない。従って,どれだけ過剰な在庫を抱えていても,それらは「資産」であり「費用」という形では顕在化しない。B/S上で,キャッシュが減少してそれと同額の在庫が増加するだけだ。「損益計算書(1)利益は段階的に計算される 」で説明したように,利益は売上(財産増加要因)から費用(財産減少要因)を差し引いたものである。在庫は費用として顕在化していないため,利益に影響を与えない。

 過剰在庫は,いずれ陳腐化・劣化により廃棄の憂き目を見るだろうが,そのときになって初めて損失(費用)として認識される。過剰在庫は,言わば,隠れた時限爆弾のようなものである。在庫を持ち過ぎる会社は,やはりキャッシュ・フローを悪化させる

 第3の要因である設備投資については,図3を見ていただきたい。設備を取得したときは,多額のキャッシュ・アウトが発生しているはずだが,そのキャッシュ・アウトはP/Lには一切反映されない。設備の取得自体は,キャッシュという資産と設備という資産の等価交換に過ぎない。こちらもB/S上のキャッシュが減少して,それと同額の設備が増加するだけだ。


図3●設備投資に伴うB/S,P/L,キャッシュ・フローの動き

 一方,設備の取得以降の年度で,減価償却費という「費用」が発生する。減価償却とは,設備の使用に伴う消費分を費用として認識しようという考えに基づくものだ。この費用はあくまで仮想的なものであり,やっていることは取得時のキャッシュ・アウト額を事後的に費用として分割計上することだ。従って,減価償却費という費用計上時にはキャッシュ・アウトは全く発生しない。設備投資に関しては,設備の取得時,及びその後の使用時の両方のタイミングで,利益とキャッシュ・フローにギャップが生じることになる。


キャッシュ・フローには3種類がある

 それでは,実際のキャッシュ・フロー計算書を見てみよう。

 こちら は,平成17年3月期におけるシャープの連結キャッシュ・フロー計算書だ(クリックで別ウインドウに表示)。一見するとごちゃごちゃしているが,大きく分けると「営業活動によるキャッシュ・フロー」,「投資活動によるキャッシュ・フロー」,「財務活動によるキャッシュ・フロー」の3つの部分からなっている。キャッシュ・フロー計算書では,このように企業の活動ごとにキャッシュの増減を把握する。

 営業活動によるキャッシュ・フロー(以下「営業C/F」)とは,物を仕入れて売るという活動と,それを支える販売・管理活動に伴って発生するキャッシュ・フローである。要は,本業によるキャッシュ・フローということだ。これはプラスであることが基本となる。

 営業C/Fに問題がある場合,キャッシュ・フローの源泉である利益がそもそも少ないことが考えられる。しかし,利益があっても営業C/Fが少ない場合もある。この場合,すぐに考えられる要因には,先に説明した売掛金と在庫によるギャップがある。利益が出ているのに営業C/Fが少ない企業は,売掛金の回収や在庫の水準に問題がある場合が多い。

 投資活動によるキャッシュ・フロー(以下「投資C/F」)は,文字通り“資金を投じる”活動に伴うキャッシュ・フローだ。営業C/Fが今日の生活のためのプラスのキャッシュ・フローであるのに対し,投資C/Fは明日の仕組みづくりのために投じるマイナスのキャッシュ・フローである。

 明日の仕組みづくりのための資金の投じ先は,おおよそ金融資産か,実物資産か,企業のどれかだ。金融資産であれば有価証券の取得・売却,実物資産であれば固定資産の取得・売却,企業であれば関係会社株式や投資有価証券の取得・売却ということになる。

 財務活動によるキャッシュ・フロー(以下「財務C/F」)は,資金調達に関するキャッシュ・フローである(注4)。企業における基本的な資金調達方法は,借り入れ,社債発行,株式発行の3通りなので,それぞれ借入とその返済,社債の発行・償還,増資に関するキャッシュ・フローがここに記録される。財務C/Fは資金調達に伴うものなので,プラスになるのが普通である。

 以上を整理すると,日々の営業C/Fでプラス,明日の仕組みづくりのための投資C/Fでマイナス,足りなくなったら財務C/Fで補うというのがキャッシュ・フロー計算書全体の構図である。

 これら3つのキャッシュ・フローは図4のモデルで考えると分かりやすい。企業はまず右側の資金提供者から元手となる資金を調達する。B/Sで言えば右側(貸方)の活動である。これが財務C/Fだ。次に,企業は調達したキャッシュを,土地,建物,設備などの仕組みづくりに投じる。これが左側の投資C/Fである。企業は,この仕組みを使って,日々の業務の中から営業C/Fを獲得する。

図4●3つのキャッシュ・フローとフリー・キャッシュ・フロー
企業におけるキャッシュの循環サイクルは,1.「右側の資金提供者から資金を調達」,2.「資金を仕組み作りのために投資」,3.「仕組みを使って日々のキャッシュを稼ぐ」,4.「稼いだキャッシュを資金提供者に還元する」となる。右側の資金提供者に関わる部分が財務C/F,左側の投資の部分が投資C/F,日々の正味のリターンが営業C/F。営業C/Fと投資C/Fの正味の合計がフリー・キャッシュ・フローとなる

 次回はフリー・キャッシュ・フローという重要な概念を紹介する。

(注1)制度上のキャッシュ・フロー計算書におけるキャッシュは,現金(当座預金や普通預金などの要求払預金を含む)の他に,「現金同等物」と呼ばれるおおむね3ヵ月以内に換金される短期投資(定期預金,譲渡性預金,コマーシャルペーパー等)が含まれる。制度上のキャッシュの概念についてはあまり気にすることなく,「現金とそれに類するもの」という程度に理解しておけばよい。
(注2)キャッシュ・フロー計算書は連結ベースにしか義務化されていないため,通常は親会社単体のキャッシュ・フロー計算書は開示されない。
(注3)出荷など,現金の動きを伴わない経済的事実の発生をもって,売上を計上する考え方を「発生主義」という。発生主義は,P/L作成の最も基本的な原理原則であるが,発生主義を基本とするのは,会計の目的が,「企業活動を忠実に記録すること」であって,「現金の動きだけを記録すること」ではないからである。もし,現金の動きだけを追跡記録するなら,現金出納帳だけがあればよい。
(注4)「財務活動」は,広義では「現金を直接扱う業務」を意味するが,狭義では「資金調達」を意味する。「財務」の英訳「ファイナンス」も同じように使われる。

■金子 智朗 (かねこ ともあき)

【略歴】
 コンサルタント,公認会計士,税理士。東京大学工学部卒業,東京大学大学院工学系研究科修士課程修了。日本航空株式会社情報システム本部,プライスウォーターハウスクーパースコンサルタント等を経て独立。現在,経営コンサルティングを中心に,企業研修,講演,執筆も多数実施。特に,元ITエンジニアの経験から,IT関連の案件を得意とする。最近は,内部統制に関する講演やコンサルティングも多い。

【著書】
 「MBA財務会計」(日経BP社),「役に立って面白い会計講座」(「日経ITプロフェッショナル」(日経BP社)で連載)など。

【ホームページ】
http://www.kanekocpa.com

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