図3 企業グループごとに取引のパターンを選択する
図3 企業グループごとに取引のパターンを選択する
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図4 単純化したサプライチェーン・モデル
図4 単純化したサプライチェーン・モデル
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(林 浩一・村上 歴/ウルシステムズ)

流通業務をパターン化

 流通業界で標準のサプライチェーン・モデルを確立し電子化を進めたいという要望は強いため,これまでも様々な試みがなされてきた。しかし,取引形態があまりにも多種多様なため何を標準とするべきかという指針すら出せていない。

 通常,標準というと「ただ一つの従うべき規則」と考える。決め事を作り,それを全員で守ることで相互運用を可能にする。ところが,ビデオテープ(VHSとβ)や次世代DVDの規格を例に出すまでもなく,企業の利害が絡むのは標準化の常であり,まとまらないことが多い。ビジネスモデルの要である取引ともなればなおさらだ。日本の流通業界のサプライチェーンに含まれるプレーヤーは多様で,ビジネスモデルも様々に異なるために,合意にいたるのは難しい。

 欧米の電子部品業界のBtoB標準である「RosettaNet」では,長い期間をかけてPIP(Partner Interface Process)と呼ばれる企業間の取引手順を標準化した。PIPは,取引ごとに標準的な取引手順を一つ決め,全体で理想の取引形態を表現している。ただし日本の流通業のように,卸など物流を担う様々なパートナーがいると,取引のバリエーションが増えて取引手順の一本化は困難なものになる。

 そもそも,取引のバリエーションは必要があって生じているものであり,それを無視して取引形態を一本化すること自体に無理があるのではないのか——われわれはそう考え,発想を変えた。「選択肢を選ぶことによって各企業の取引を記述可能で,企業が無理なく利用できるモデル」を標準と定義したのである。

 図3[拡大表示]にこの考え方を図示する。まずわれわれは,サプライチェーンの可能なバリエーションを記述したモデルを作成した。小売業を中心とするサプライチェーンのほぼすべてを考慮しているので,このモデルのなかからパターンを選ぶことによって,企業グループごとの具体的な取引の取り決めを表現できる。ここでは企業グループごとの取り決めを「コラボレーション定義(取引パターン選択)」と呼ぶことにする。

現場の工夫は切り捨てない

 図4[拡大表示]に単純化したサプライチェーン・モデルを示し,これをもとに企業グループごとに異なるバリエーションをどのように表現するのかを具体的に説明する。

 図4の左側は,サプライチェーンの骨格となる構造である。発注者や物流センターなどの役割(ロール)の種類,受発注や入荷・出荷などの取引種別(セグメント),発注数量確定や受注回答などのサービス,発注情報や発注確定情報などのメッセージから成る。この骨格は変わらなくても,各企業のサプライチェーン・モデルの様々なバリエーションを表現できる。なお,ここで紹介するサプライチェーン・モデルで用いているメッセージ名称は,現実の概念を分析して取捨選択・共通化した結果のものであり,各現場で用いられている用語とは異なる場合がある。

 図4の右側は,各セグメントで定義される取引パターンの例である。受発注セグメントでは,2種類の取引パターンが定義されている。パターン1では発注者のシステムが「発注情報」を受け取ると,システムは受注者に発注数量を書きこんだ「発注確定情報」を送信する。受注者はその情報をもとに,在庫があれば「出荷予定」を受注者の企業内システムに送信して出荷の準備を進める。同時に,「受注回答」を発注者に送信する。発注者は「受注回答」を受け取ると,数量などの「入荷予定」を企業内システムに送信して入荷の準備を進める。

 パターン2では,発注者が受注者からの回答を待つことなく「入荷準備」に進むという点がパターン1とは異なる。この手順は,発注すれば必ず入荷されるような商品の場合,リードタイムを短くできるというメリットがある。危なっかしい印象を持たれるかもしれないが,前もって発注者から受注者に対して,必要な在庫を確保してもらえるように,発注予定の情報を伝えていることが多いので,現実には珍しくない。一方で,直前まで予定通り出荷できるかどうか分からない商品の取引で,パターン2を選択すると欠品につながりかねない。

 日本の食品流通では,とりわけ鮮度の高さが強く要求されることもあり,リードタイムを短縮するための様々な工夫が時間をかけて蓄積されている。このことがバリエーションを増やしている要因なので,全体最適の名の下に切り捨てるわけにはいかないのだ。

次回に続く


林 浩一(はやし こういち)/ウルシステムズ ディレクター

大阪大学大学院工学研究科修了。富士ゼロックス,日本エクセロンを経てウルシステムズ入社。オブジェクト指向,XML技術を用いた企業間商取引(BtoB),EAI,データベースなどの技術コンサルティングを行うとともに,IT戦略,業務分析などの上流工程のコンサルティングを手がける。現在,両者を橋渡しするSOAコンサルティングを展開中


村上 歴(むらかみ れき)/ウルシステムズ シニアコンサルタント

大阪大学基礎工学部卒。NTTソフトウェアを経てウルシステムズに入社。主に金融,流通,セキュリティなどの分野で技術コンサルティングおよびシステム企画・開発を手がける。現在は,変化するビジネス要求に対応できるシステムを実現するためのツールとしてSOAの展開に注力している