今回のヘルシー食品へのプレゼンテーションでは、「システム化の提案ではなく、まず意思決定できる状況を作ることが先決」と考えた。いきなり、インターネット通販への展開を提案しても暗礁に乗り上げる、と思ったからだ。そこでまずは2つの方針を立てて臨んだ。

(小野 泰稔=コンサルティング・フェア・ブレイン代表取締役)



これまでの経緯
 ヘルシー食品は会員制(約15万人)による有機食品の通信販売事業と店舗事業(10店舗)を行っており、売上高は320億円、社員数は800人(内パート・アルバイト280人)。収益の伸び悩みについて同社の梅田氏から相談を受けたコンサルタントの私は、これまでのインタビュー結果からインターネット通販事業について「提案書」を作成し、スタッフの西本と再度、訪問した。

注)本記事に登場する社名、氏名はすべて仮名です


 前回は、“「インターネット通販事業の有効性検証のためのプロトタイプ開発」のご提案”と題する提案書を作成するまでを解説した。そして、本日はこの提案書によるプレゼンテーションを行うための2回目の訪問日である。プレゼンテーションには、事業開発推進室の梅田氏と情報システム部の三浦部長に加えて梅田氏の上司である事業開発推進室長も同席された。最初はなごやかな雰囲気であった会議室も、プレゼンテーションを始めるとすぐに張り詰めた空気に変わった。私はその空気から、ヘルシー食品の真剣さを手ごたえとして感じ取ることができた。

 ヘルシー食品への提案に当たって十分に配慮すべき状況は、今のままでは意思決定することが難しいと考えられることであった。「本当にもうかるのか」といった懐疑的な見方も強いが、懐疑的な見方についての根拠も明確とは言えない。半面、インターネット通販への取り組みに大きな期待感を持っていることも確かである。状況は混とんとしていて、前進することができずにいる。しかし他社の動向も考えれば、あまりゆっくり検討しているわけにもいかない事情がある。事態を前進させるためには、意思決定できる状況を早く作ることが先決と考えられたのである。

ヘルシー食品から大きな信頼感を得る

 この状況を踏まえて立てた提案の方針が以下の2つであった。

(1)意思決定するためには、具体的な実現の姿を定義し、費用を見積もるべきであると訴えかけること。

(2)インターネット通販を導入することで得られるメリットを、ヘルシー食品の抱える課題と絡めてイメージしやすいように描くこと。

 一言で言い換えれば、「環境の変化に後れを取らずに意思決定するために、判断材料をしっかりそろえましょう」という提案である。ヘルシー食品の現在の状況で、いきなりインターネット通販への展開を提案しても暗礁に乗り上げるだけであることは明らかと思われた。

 プレゼンテーションでは前述の方針に基づいて、「意思決定をするために何が必要か」ということを中心に語りかけた。ヘルシー食品からの質問も活発であった。プロトタイプモデルの具体的イメージや、それを実現するためにヘルシー食品が担うべき役割と作業内容など、前向きな質問が大半であり、前回の訪問時とは明らかに違う反応であった。この間にヘルシー食品内部でも、インターネット通販への取り組みの必要性や可能性についての認識が深まっていると感じられた。事業開発推進室長にも、十分にこの提案の意味と必要性を理解していただけたようであった。

 質疑応答が一段落し、このままスムーズに仕事を獲得できるかとも思える雰囲気ではあったが、なかなか思うようには行かないものである。この日の結論としては、「しばらくはヘルシー食品からの連絡を待つ」ということになったのである。ヘルシー食品内部で、予算の獲得に向けた内部調整を開始してくれるということであった。

 ただし、内部調整にはしばらく時間がかかりそうな様子である。内部調整をする過程で、提案内容を絞り込んだり、逆にもっと範囲を広げたりといった要求が出てくる可能性も十分にあるという感触であった。そういう意味では今後の再提案も含めて、ある程度の時間をかけながらプロジェクト実施への意思決定を促す、ということが現実的であろうと思われた。

 しかし、顧客の評価は思わぬところで得られるものである。「“たった一度”の訪問で自分たちのことをここまで理解して提案してくれた」ということに対してヘルシー食品には大きな納得感と我々に対する信頼感を持っていただけたのであった。その結果、この件に限らず継続的に他のテーマについての提案も行ってほしいとの話をいただくことができたのである。我々にとっては、このことも大きな収穫であった。

具体性と現実感がポイントに

 ここで今回の提案で、顧客から評価していただけたポイントを整理してみたい。顧客からの話を総合すると、次の4つのポイントに集約できる。

【ポイント(1)】
 顧客が置かれた状況について正確に理解したことにより、今後の取り組みについて顧客と認識を共有できたこと(提案書「1. 貴社を取り巻く環境」「2. プロトタイプモデル構築の必要性」を参照のこと)。

【ポイント(2)】
 顧客がこれまで何となく意識していた課題について、顕在化しているものも潜在的なものも含めて一覧性を持って示されたこと(提案書「3.1 重点検討課題」を参照のこと)。

【ポイント(3)】
 唐突なシステム導入提案やあいまいな「あるべき姿」を示すだけの提案ではなく、どのように課題を着実につぶして行くかが現実的に語られたこと(提案書「3.2 検討ステップ」「3.3 作業概要および成果物」参照のこと)。

【ポイント(4)】
 「たった一度の訪問」という短期間に、顧客の状況を理解し真のニーズに迫ることができたこと。

 このように整理してみると、やはり顧客にとって大事なことは、「具体性と現実感」だと言えるのではないだろうか。将来の目指す姿をうまく描くだけでは不十分である。顧客の現状を理解した、最初の一歩の踏み出し方が問題なのである。

 では、どうしたら「具体性と現実感」を持った提案ができるのか。そのために大切なことは、仮説を立てることの意味を理解することである。顧客にとっては「たった一度の訪問」であっても、仮説を持った提案者側からの「一度の訪問」の意味は大きく異なる。

仮説・検証のアプローチこそ基本

図1●提案のための全体プロセス

▲図をクリックすると拡大表示
 仮説・検証の流れは、本事例の初回に解説した提案活動の基本ステップに立ち戻ってみれば、理解しやすいだろう(図1)。

ステップ1.
 提案の可能性を見つけた段階から事前に情報収集し、経営課題に対する適切な仮説を立てる。

ステップ2.
 その仮説に基づいて、顧客のニーズを引き出すためのインタビュー資料を作成する。

ステップ3.
 作成した資料を使って、仮説検証のための目的が明確なインタビューを行う。

 こうした基本的なアプローチこそ重要なのである。提案者はよく「時間がない」「忙しい」といった理由で、こういった基本的なアプローチを省いてしまいがちである。しかし、このようなアプローチによってこそ、最短期間で顧客ニーズの本質に迫ることが可能になるのである。

 もし、初回の訪問時に何の仮説も持たずに「とりあえず話を聞いてみる」という考えで顧客を訪問していたとすれば、どうなっていたであろうか。有意義とはとても言えないインタビューになっていたに違いない。顧客自身が整理できずにいる混とんとした状況を、そのまま聞くしかないからである。そして何度か訪問を重ねたあげく、たまたま聞けた内容をもとに提案書を書いていたことであろう。それは、本質とはどこかズレのある、顧客にとっては具体性も現実感もない提案となっていたのではないだろうか。

用字用語や文章表現に注意

 提案書の文章を分かりやすく記述することは、プレゼンテーションを効果的に行うためにも重要なことである。誤解されやすい文章表現や、時間をかけて何度も読まなければ理解しにくい文章表現は、聞き手の注意を話し手の意図から外れた所に置いてしまうものである。プレゼンテーションの最中に聞き手が文章の意味解釈に気を取られ、話し手の説明が耳に入っていないような状況がそれである。また、文章の解釈をめぐって質問が集中し、本来の目的とはかけ離れた議論に陥ってしまうこともある。

 いい文章を書くためのテクニックには、様々なものがある。しかし、プレゼンテーションツールを使って作成するビジュアルな提案書を想定すれば、それほど高度なテクニックを必要とするわけではない。最も基本的ないくつかのポイントを押さえていれば、このような状況は避けられるのである。以下にそのポイントを解説する。非常に基本的なことではあるが、意外とこれらを意識していない文章が多いものである。

(1)文章の長さ
 文章の長さは、一般的には40~50字以内がよいとされている。長い文章は、分かりにくいだけでなく、読み手に苦痛を与えてしまうことがある。例えば助動詞の連用形や「で」や「て」などを使ってつなげれば、文章はどんどん長くなってしまう。60字を超える文章は、短く分割できるか検討してみる必要がある。

(2)主語と述語の関係
 主語と述語の関係が不明確な文章は、読み手を混乱させる原因となる。主語が省略されていて複数の解釈ができたり、主語に対する述語が見つからなかったりする文章もときどき見かけることがある。主語と述語の関係は、注意深くチェックする必要がある。

(3)修飾語の順序
 同じ語句に対する修飾語が複数ある場合、修飾語の順番が重要な意味を持つ。修飾語の順番を間違えると、文章が難解になるだけでなく、自分の意図とは異なる意味になってしまうからである。修飾語の並び順は、次のような目安で考えるとよい。

 例:動詞を含む修飾語の扱い
 「高速な小型のカットシートフィーダを持つプリンタ」(誤)
 「カットシートフィーダを持つ高速な小型のプリンタ」(正)

「高速な」「小型の」「カットシートフィーダを持つ」の3つの修飾語が「プリンタ」を修飾している。修飾語の並びによって意味が変わってしまうところに注意が必要である。このように動詞を含む修飾語がある場合、その修飾語を前に出すと意図が素直に伝わるだろう。また、長さの異なる複数の修飾語がある場合には、長い修飾語を前に出すと意図が素直に伝わりやすい。

カタカナなどの表記も統一

図2●提案書で使用する文字は統一しておく必要がある

▲図をクリックすると拡大表示
 このほか、用字・用語・表記法としては、仮名遣い、漢字と仮名の使い分け、送り仮名、カタカナの表記、数字の表記、句点、読点などがある。今回は、IT領域の提案書で迷うことの多い、カタカナと数字の表記について一般的な考え方を紹介する(図2)。

 例えばカタカナの場合、特に外来語の専門用語が多用されるがその表記は、人によって異なっているというのが現状である。例えば「インタフェース/インターフェース/インターフェイス/インタフェイス」と、同じ言葉でも様々な表記が可能なのである。

 このため複数で提案書を書くとき、人によってバラバラにならないように統一する必要がある。統一の基準は、次のような観点から検討・整理するとよい。

(1)語尾のer、or、arについて、長音符号を付けるか付けないか。
  【例】user→ユーザ/ユーザー

(2)単語の中間にあるerについて、長音符号を付けるか付けないか。
  【例】interleave→インタリーブ/インターリーブ

(3)発音記号が[ei]の部分を長音符号にするか「イ」にするか。
  【例】fail safe→フェールセーフ/フェイルセイフ

(4)発音記号が[ou]の部分を長音符号にするか「ウ」にするか。
  【例】owner→オーナー/オウナー

(5)語尾がyで終わる語を長音符号にするか「イ」にするか。
  【例】display→ディスプレー/ディスプレイ

(6)つまる音「ッ」を省略するかどうか。
  【例】matrix→マトリックス/マトリクス

 さらに数字の表記としては、算用数字と漢数字の使い分けがある。基本的な使い分けは次のように考えるとよい。

(1)日時、金額、数量、回数などは算用数字を使う。
  【例】9月30日、1,000万円、25個

(2)慣用句、固有名詞などの含まれる数字は漢数字を使う。
  【例】四捨五入、一時的、一体化

(3)あいまいな数を表す場合は漢数字を使う。
  【例】数十個、何万回

 なお、ヘルシー食品の事例は今回で終了し、次回からは「ときわ印刷」のケースを検証していく。

筆者が作成した「プレ提案書」「提案書」(いずれもパワーポイントのファイル)の全ページは、こちらからダウンロードできます。


著者プロフィール
情報サービス会社でシステム構築の一連の業務に携わった後、トーマツ コンサルティングのマネジャーのほか、社団法人・日本能率協会の専任講師も務める。IT戦略、システム化計画、システム開発方法論のカスタマイズ・提供など、ITを中心としたコンサルティングと人材育成を行っている。現在はコンサルティング・フェア・ブレイン代表取締役