先週発売した日経情報ストラテジー2006年1月号「定義力を鍛えよ」という第2特集の冒頭で、山梨県の中堅スーパー、オギノがポイントカードを活用して優良客を定義することで、業務改善に成功している話を紹介した。また、同じ特集の中で、イズミヤも同様にポイントカードの情報を分析して、売り方の工夫をしていることも取り上げた。
実はこの2社の事例は、ポイントカード情報に基づいて上位顧客を優遇する「FSP」(フリークエント・ショッパーズ・プログラム)の実践事例でもある。特集のテーマから、今回はあえて優良顧客や死に筋の定義といった面から取り上げたのだが、「なぜ、この2社はポイントカード活用がうまくいっているのか」という面に興味を持たれた読者もおられたことと思う。
この特集を脱稿した直後の11月中旬に、『個客識別マーケティング——小売業のONE to ONE戦略実践法』『個客ロイヤルティ・マーケティング——小売業のベストカスタマー育成戦略』(いずれもダイヤモンド社)といった書籍を著したことで知られるFSP導入コンサルタント、リテイル・ストラテジー・センター社のブライアン ウルフ社長がたまたま来日した。そこで、欧米のFSP事例にも詳しい同氏にポイントカード活用の成功と失敗の分かれ目について尋ねた。ちなみに同氏は、オギノに対して99年からFSP導入のアドバイスを行ってきた人物でもある。
記者──ポイントカード活用で失敗する典型例とはどのようなものか。
ウルフ氏──最も目立つのはFSP推進に関する経営トップのコミットメント不足に起因する問題です。施策の立案や情報活用をマーケティング部門に丸投げしてしまうからです。この結果、マーケティング部門の取り組みが中途半端なまま終わってしまったり、逆に、プログラムがひどく複雑になったりして失敗することがあります。
記者──複雑になりすぎたケースとは具体的にどのようなものですか。
ウルフ氏──例えば、それこそ数学者でないと理解できないような複雑な計算式で、ポイント計算をしていたケースです。あるいは、英国の大手スーパーマーケット・チェーンのテスコでは単純なポイント計算式の上に、いろいろオプションのポイントをつけるパターンを複雑にして、30分間説明を受けないと消費者が理解できないようなものになっていました。結局、テスコは2年ほどで見直して単純な体系に改めました。
記者──トップは、FSPの推進にどのように関与しなければならないのですか。
ウルフ氏──理想的な事例は、2カ月おきに、トップレベルの役員6人がポイントカードプログラムをどう改善できるのかだけのために会議を開くといった取り組みです。
記者──FSPを推進するうえで、トップでなければできない意思決定があるからですか。
ウルフ氏──その通りです。FSP実践企業では、顧客は店内ではあくまで平等なのですが、バックオフィスからのポイントの付け方で顧客に差をつけます。そこで、どんな顧客に多くポイントを付けるのかという判断を下すには、どのような顧客を重視したいかという戦略が明確にあって、そのために情報を活用していくという意思が強固でなければいけません。
記者──どんな顧客にDMを出せばヒットするのか、上位から脱落した顧客にどのくらいポイントを増額すべきか、といった判断を行ううえで、分析力に自信がないという声も多くあります。
ウルフ氏──分析的なアプローチを好む土壌があるかどうかは重要です。情報活用ができない企業はFSPには取り組まないほうがよいでしょう。しかし、FSPを推進するうえで高度な分析知識は必須ではないのです。基本的には、どの顧客がたくさん買ってくれているのか、どの顧客が離反しつつあるのかということを識別する力があればいいのです。
高度な分析知識がなくても実践できるシンプルかつ効果的な施策の好例はオギノにあります。オギノでは、以前は上位ランクだったのに下に落ちてきた顧客にスクラッチカード付きのハガキを出しています。スクラッチをめくると次回の買い物に2~5倍のポイントが付くというゲーム的な要素を取り入れたもので、上位客離反防止に成果を上げています。このプログラムは高度な分析知識を持たなくても実践可能なものです。
記者──多くの小売業はポイントカードで一律に大きくポイント割引をつけることのみによって顧客の引きとめを図る施策に陥りがちです。ポイント割引競争に陥らないカギは何ですか。
ウルフ氏──ポイントの付け方はトータルな制度設計次第です。米国ではもともと、小売業の利益確保が厳しいためにポイントをただちにお金に換算するやり方を採るところは少ない。米国で見られるのは、二重価格制にして、ポイントを一定以上ためると、牛乳や卵、炭酸飲料を特別価格で買えるといったやり方です。例えば通常小売価格の3分の1といった“クレイジープライス”をポイントのたまり方に応じて提供する手法は「アクセス・プライシング」と呼ばれます。こうした商品を10個設定することで、ウォルマートのような強力なライバルとの価格差をあいまいにすることに成功した地域スーパーが米国にあります。
FSPに取り組んでDMの絞り込みや、離反客防止の施策で成果を上げつつある企業の間では、通常のポイント割引率は年々低めに改善する傾向が見られます。日本でもオギノ、Aコープ(記者注:山梨県中巨摩郡にあるAコープこま野白根店の事例を指す)、イズミヤなどは既に通常は0.5%しかポイントをつけていません。そして、0.5%しかポイント特典がなくてもオギノではポイントカードを使った買い上げ金額が全社売り上げの95.6%にも達しています。カード会員であることの価値を顧客に伝えていくことと、顧客情報の活用推進にトップがコミットし、社員たちが情熱を持ち続けられれば、徐々にディスカウント競争から脱却できるのです。
今回、ブライアン・ウルフ氏を招いた日本NCR流通システム本部によれば、ポイントカードの導入フェーズは、大きくは会員獲得の普及段階である第1フェーズと、情報の活用推進段階の第2フェーズに分かれる。そして、多くの事例では、第1フェーズから第2フェーズへ移行する際の、「普段のポイント割引率を下げて、上位客の引き留めにポイントを増やす」という施策をやり抜けずに、ポイントの一律割引競争に陥ってしまうのだという。軽視してよい「チェリー・ピッカー」を定義し、戦略的に「優良顧客」を定義しようという意思が弱いのは日本企業だけに見られる課題ではなく、世界的に見られる失敗要因なのだとウルフ氏へのインタビューを終えて感じだ。