クラウドファーストには大きく二つのパターンがある。一つは、パブリッククラウドとオンプレミスを比較し、クラウドの方が技術的に優れ、コストも低いと判断した「ボトムアップ派」。もう一つは、経営陣が経営目標を達成するために、クラウドファーストを決断した「トップダウン派」だ。それぞれ事例を詳しく見ていこう。

AWSとグーグルに全面移行

 ボトムアップ派の代表格が、東急ハンズ、あきんどスシロー、ガリバーだ(写真1)。いずれもインフラはAWSを、情報系システムは「Google Apps for Business」を選んだ。

写真1●クラウドファーストを実践する代表格の3社
写真1●クラウドファーストを実践する代表格の3社
左から、東急ハンズの長谷川秀樹執行役員、あきんどスシローの田中覚情報システム部長、ガリバーインターナショナルの椛田泰行クラウドプロジェクトリーダー

 東急ハンズの長谷川執行役員(写真1)は、「AWSは開発者が運用担当者を介さずに、ITインフラを直接、運用管理できることを評価した」と語る。

 セルフサービス方式で仮想マシンを追加したり削除したりできるAWSでは、「これまでシステムを構築する上で欠かせなかった『サイジング』が不要になる」(長谷川氏)。サーバーの性能やストレージの容量などを決めるサイジングを間違えても、AWSであれば後からいつでもサーバー台数やスペックを変更できる。運用に詳しい専任者が不要になったことから、2009年には同社に11人いたインフラ運用担当者が、現在は2人にまで減った。運用担当を外れたシステム部員は現在、アプリケーション開発に従事する。

 会計/人事システムなどをAWSに移行したほか、2013年はECサイトの「ハンズネット」や、全社の販売管理システム、各店舗に設置しているPOSサーバーをAWSに移行する予定だ。

 回転寿司大手あきんどスシローがクラウドファーストを決断した最大の動機はコスト削減だ。「これまで、5人いるIT部員のうち1人がITインフラの運用に追われていた。その負担が無くなるのは大きなコスト削減になる」(田中覚情報システム部長、写真1)。

 まずはビジネスインテリジェンス(BI)システムを、AWSに移行する。データウエアハウス(DWH)に「SQL Server」を、BIツールには「QlikView」と「Dr.Sum EA」を使用する。「AWSの外付けストレージサービス『Amazon EBS』には、データの自動バックアップ機能が備わっている。バックアップは非常に手間がかかるので、運用コスト削減効果は大きい」(田中部長)と見る。

システム管理機能を評価

 中古車販売大手のガリバーは、全システムのクラウド移行を見据えて、2012年に情報システム部門を廃止。“クラウドを活用する部門”という意味を込めた「クラウドプロジェクト」という組織に衣替えするほど、クラウドファーストを徹底している。

 クラウドプロジェクトリーダーの椛田氏(写真1)は、「システム管理機能の豊富さや価格面から、AWSが最も優れていると判断した」と語る。椛田氏が評価するのは、AWSのネットワーク仮想化機能「Amazon VPC」だ。

 Amazon VPCは、AWSの中にユーザー企業が専用の仮想的なLANを作れる機能だ。Amazon VPCで作ったAWS内の仮想LANと、ガリバー社内のLANとは、専用線サービス「Amazon Direct Connect」で接続する。AWSとガリバーは、インターネットを介さずに結ばれており、ガリバーはAWSを社内LANの延長として利用できる。このようなセキュリティ機能を備えていることが、基幹系システムを移行する上での決め手となった。

 ケンコーコムも、AWSへの業務システムの全面移行を進めている。すでに全サーバー中の80%をAWSに移行した。同社がAWSへの全面移行を決断したきっかけは、2011年3月に発生した東日本大震災だった。

 同社は全社的なBCP(事業継続計画)を強化するために、本社機能の大半を福岡市に移転。それと共に、従来はオンプレミスで運用していたサーバーの、AWSへの移行を決めた。

 「AWSの東京リージョンは、異なる場所にある3カ所のデータセンター(DC)で構成されている。同時に3カ所のDCを併用できるため、オンプレミスよりもシステムの可用性を大幅に高められる」。ケンコーコムの新井達也CIO(最高情報責任者)はそう考え、AWSを選択した。

SAP自身がAWSを推奨

 UMCエレクトロニクスの場合、オンプレミスとAWSのどちらが技術的に優れているのか、自社で厳密に比較することなく、AWSを選んだ。ERPパッケージのベンダーであるSAPジャパンが、AWSを推奨したからだ。ERPはオンプレミスで利用するもの、という常識が覆された。

 UMCエレクトロニクスは2012年9月から、ベトナム工場で利用するSAP Business All-in-Oneを、AWSのシンガポールリージョンで運用している。AWS上でSAPのソフトを運用する上で必要となるシステム構成パターンは、AWSとSAPが共同で作成して公開している。UMCエレクトロニクスは「推奨構成を選んだだけ」(同社の須藤課長)で済んだ。

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