現在の最新規格であるIEEE 802.11acの後継として、標準化が進んでいるのがIEEE 802.11axである。Part2では、この11axについて詳しく解説しよう。
超高速より快適さを重視
11axでは、最大伝送速度が11acの6.9Gビット/秒から、9.6Gビット/秒に向上する。こう聞くと「1.5倍にもならないのか」と思うかもしれない。実は11axの開発目標は、最大伝送速度の向上だけではない(図2-1)。
むしろ重視しているのが、スループットを向上させ、ユーザーが使いながら体感できる実効速度を改善することだ。クルマに例えると、最大伝送速度がテストコースで時速250kmの記録を出すようなもので、スループットの向上は多くの人が一緒に走る高速道路で常に時速100kmで快適に走れるというイメージになる。
近い将来、スタジアムで大勢が接続したり、家庭内で8K/4K動画やAR/VR▼といった大容量のコンテンツを家族が別々に見たりする状況が想定される。現在の無線LAN環境では、応答が悪くイライラしたり、そもそも使い物にならなくなるかもしれない。11axではスループットを4倍以上に向上させ、こうした状況に対処する。
もう一つが、これまでよりも多くの端末を接続できるようにすることだ。同じ周波数帯(チャネル)により多数の端末を収容できるようにしたり、1台のアクセスポイントに接続できる端末数を増やしたりする。これによりIoT分野での無線LAN活用を期待している。
本格普及は2020年以降
11axの標準化スケジュールを確認しておこう(図2-2)。
IEEEで11axの活動が始まったのは、11acの標準化が終わりに近づいた2013年。最初に新しい標準化の方向性を決める「SG」(Study Group)と呼ばれるグループの立ち上げが3月に承認され、5月に活動を開始した。翌2014年の5月に規格を具体的に策定する「TG」(Task Group)の活動を開始して議論してきた。
議論した結果を何度かドラフトとしてまとめて、新しい規格として十分な内容かをTGのメンバーによる投票で決めてきた。2016年11月に策定されたドラフト1.0と2017年10月に策定されたドラフト2.0は、実装に必要なレベルまで細部が十分に規定されていないと評価するメンバーが多く承認に至らなかった。
2018年6月に策定されたドラフト3.0で、大多数の賛同を獲得し、規格として承認された。今後は、最終的な標準規格の策定に向かったフェーズに入る。今のところ「2020年1月のIEEEの会議で成立するのを目指している」(IEEEの会議に出席しているNTTアクセスサービスシステム研究所 無線アクセスプロジェクト主任研究員の井上 保彦氏)状況だ。
ドラフトを先取りして対応チップが各メーカーから登場しており、これらのチップを使って一部のベンダーからは「11ax対応」をうたうアクセスポイント製品も出始めている▼。
11axも過去の規格との下位互換性を確保しているため、最初はアクセスポイントだけ、あるいは一部の端末だけといった形で少しずつ導入されていくことになるだろう。ただ、11axのメリットを実感するには、アクセスポイントと端末の両方が11axに対応する必要がある。実際に企業の無線LANシステムや公衆Wi-Fiサービスで11axの導入を本格的に検討するのは、標準化が完了した2020年以降になりそうだ。
ARはAugmented Reality、VRはVirtual Realityの略。
IEEE 802.11ax対応を現時点でうたっている製品が、最終的な規格に本当に対応できるかは不明。