米国は今、患者の医療情報記録を、医者と患者、医者と医療機関などで共有する方向に進み始めている。米ハーバード大学医学部CIOのジョン・D・ハラムカ氏は2009年2月中旬、富士通総研主催のセミナーで、米国の医療分野におけるIT活用の最新動向を紹介した。

 医療分野のIT化に関する基本プランを策定したのはブッシュ大統領時代のことである。重要な課題を複数設定し、優先順位を決めて着手した。それぞれの課題に取り組む組織として、米国医療情報コミュニティ(AHIC、American Health Information Community)など複数の機関を設置し、作業を進めてきた。

 具体的には、患者が自身の医療記録にアクセスする方法、その実現までのロードマップ策定、医療機関などによるデータ共有を実現する標準化、特定の都市や州から他地域へのデータ転送方法とそのポリシー策定、医者や医療機関が必要なソフトを購入する方法の検討、などである。

 こうして「下地」が完成した2006年に、患者が自身の個人医療情報記録(PHR、Personal Health Records)にアクセスできる環境が整備された。以来、アレルギー体質や投薬/検査記録など、患者の生涯の医療記録を共有化し、複数の医療機関による検査の重複を避け、誤診を防ぐといった効果を上げてきたという。

 今後も、在宅ケア時代に対応するため、自宅で測定した血圧などのデータをネット経由で医者に送る、ゲノム情報や家族の病歴から糖尿病といった疾患を早期に発見する、感染症を迅速に診断するため予防接種歴を把握する、などにも役立てる計画である。また「紙の知見を電子化」(ハラムカ氏)することで、医者と患者の間に効果的なコミュニケーションの形が実現しつつあるという。

 米国政府も医療分野におけるIT活用の加速を狙って、電子処方せんを利用したり、成果連動型診療報酬を採用したりする医者や医療機関に対するインセンティブとして、医療保険上の優遇制度を設けている。IT化への補助金も用意している。さらには、医療情報データベースを活用して“医療の質”を評価する取り組みも始まっており、高品質の医療サービスを提供する医師や医療機関にインセンティブを与えることも既に開始しているという。

 この間に、解決すべき課題も見えてきた。患者は医療情報記録のどこを見るべきか、いつ見るべきか、医療機関はどのように情報提供すべきか、ほかに誰がアクセスすべきか、などである。「自分が癌(がん)だと思っている患者に、診断情報を伝えるのは面談のほうがいい場合もある」(同)。また、患者が医者の診断書に書かれたメモや検査結果を見て、どう判断するのかという問題もある。書いてあることの意味が分からないからだ。

 そこで、いくつかの患者向けWebサイトが登場している。患者を教育・啓もうするサイト、医療者と患者専門のSNS、医療用語を解説するサイト、検査情報を解説するサイトなどがある。もちろんウィキペディアのような辞典もある。