「人生いろいろ、会社もいろいろ」と国会で答弁した元総理大臣もいたが、本当に会社はいろいろだと思う。例えば、退職する社員に対する会社や上司、同僚などの態度も会社によってさまざまだ。対照的な二つの会社のケースを紹介しよう。

 仮にそれぞれA社とB社としよう。両社とも中小ITベンダーであり、事業内容や社員数などは似たり寄ったりである。ところが社風はかなり異なり、特に社員が辞めるときと辞めた後の対応は正反対といってよいくらいなのだ。

 A社にとって退職は「裏切り」と同義語であるらしい。退職の意思を示そうものなら、上司や同僚から「どうして辞めるのだ。辞められると困るんだよ。なんとか思いとどまれないか」と、ものすごい剣幕で引き止められる。それは脅迫に近いくらいの勢いらしい。最後は社長が出てきて熱烈に説得され、それでも退職の意思が変わらないと「育ててもらった恩を忘れたのか!二度とお前の顔は見たくない」とけんか別れになり、その後退職者はA社とは縁切り状態になるという。

 このように書き連ねるとA社の社長は悪逆無道なブラック企業経営者のように思われるかもしれないが、素顔は熱血漢で情に厚いタイプなのである。人間的な魅力もある人で、社員のプライベートな相談に乗ってあげたり、賃貸住宅の保証人になったりと雇用関係以上のことまで面倒を見ることも多々あるそうだ。社員を自分の身内のように感じているのだろう。だからこそかわいい社員が辞めることは耐え難いショックであり、感情を抑えることができずに大爆発してしまうようだ。

 一方B社は社員の退職に関しては非常にさっぱりとしており、仕事の引き継ぎに支障をきたさない、顧客に迷惑をかけない、という条件の下、「気持ちよく」退職させることを是としている。B社の基本的な考え方は「当社に在籍しているかどうかより、同じIT業界で働いているということが大事。いずれどこかで一緒に仕事をすることもあるだろう」ということなのだ。

 さらにB社では毎年OB会を開催して、退職者と現役社員の親睦を図るとともに、常にリレーションを絶やさないようにしているという。このような方針のためか、B社は1度退職した社員がまた戻ってきて再度入社する、いわゆる「出戻り社員」も多いという。

 B社の社長は非常にドライである。会社は会社、プライベートはプライベートと割り切っている。だからA社の社長のように社員のプライベートに立ち入ることはほとんどない。円満退社の方針に関しても「たとえ説得して一時的に引き止めても結局は辞めてしまうことが多い。だったら無理な説得をするよりも、すんなり辞めさせてリレーションをキープしたほうが後々を考えると得だから」とさらりと説明する。OB会も、ある外資系コンサルティング企業がOB人脈を重要な営業チャネルとしていることをヒントにまねをしたそうだ。自分の感情ではなく、ビジネスにとってプラスかマイナスかで判断する、というわけである。

 熱血のA社とクールなB社、社員としてどちらの会社が良いかというのは、個人の価値観によるだろう。だが、これからのIT業界を考えると、人材の流動性というのは企業が変化に対応していくために必須の条件ではないかと思う。顧客のニーズが変わり、技術のトレンドも絶え間なく変化する。そのような変化に企業が対応するために最重要なのは組織全体の成長=既存社員の成長なのであろうが、そればかりに期待するのは非現実的だ。やはり適度に人が入れ替わることで、組織はリフレッシュするのである。

 A社のように熱い気持ちで社員を思いながら、B社のようなクールな世界観を併せ持つ会社が増えていけば、日本のIT業界の流動性はプラスの方向に動き、業界全体も活性化していくのではないかと期待したい。

永井 昭弘(ながい あきひろ)
1963年東京都出身。イントリーグ代表取締役社長兼CEO、NPO法人全国異業種グループネットワークフォーラム(INF)副理事長。日本IBMの金融担当SEを経て、ベンチャー系ITコンサルのイントリーグに参画、96年社長に就任。多数のIT案件のコーディネーションおよびコンサルティング、RFP作成支援などを手掛ける。著書に「事例で学ぶRFP作成術実践マニュアル」「RFP&提案書完全マニュアル」(日経BP社)、