上海国際博覧会(上海万博)の会場は、上海市内の中心を流れる黄浦江の両岸に広がる。南岸にある浦東地区は各国のパビリオンが並ぶ国際色豊かな地区だ。一方北岸の浦西地区は、中国の国営企業や米シスコや米コカ・コーラといったグローバル・カンパニーのパビリオンが並ぶ地域である。

写真1●万博会場内の情報通信館。ここでTD-LTEのデモが繰り広げられている
写真1●万博会場内の情報通信館。ここでTD-LTEのデモが繰り広げられている
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 この北岸の一画に「情報通信館」というパビリオンがある(写真1)。中国の通信事業者である中国移動(チャイナ・モバイル)と中国電信(チャイナ・テレコム)による、その名の通り、情報通信をテーマにしたパビリオンだ。

 実はこのパビリオンを中心として、万博会場内のエリア全体を使った大規模な通信技術のトライアルが実施されている。その技術こそが、中国が推進する次世代モバイル規格「TD-LTE」である。中国は万博を訪れる各国の関係者にTD-LTEの技術を積極的に披露し、世界にこの技術を広げようとアピールしているのだ。

TD-LTEとLTEは同一規格、WiMAX陣営も興味を示す

 TD-LTEとは、NTTドコモが2010年末に商用化を開始する第3.9世代の携帯電話規格「LTE」とほぼ同じと言っていい規格だ。ならば、その“小さな違い”はどこにあるのだろうか。

 通常のLTEは、携帯電話と同様に送信と受信の信号を別の周波数帯域に分けて伝送する。この方式を周波数分割復信(FDD)と呼ぶ。

 それに対してTD-LTEは、送信と受信の信号を同じ周波数帯域を使って伝送する。この方式は時分割復信(TDD)と呼ぶ。これは送信と受信を非常に短い時間で次々と切り替える方式であり、モバイルWiMAXやPHS、次世代PHS(XGP)もこのTDD方式を採用している。

 TD-LTEは、FDD方式のLTEと同様に第3世代携帯電話の標準化機関である「3GPP」にて2009年3月に標準化が完了している。同一規格の別方式という位置付けだ。TD-LTE規格が3GPPに採用されたのは、中国の強い後押しがあったからだといわれる。

 中国では現在、5億4000万の加入者を抱える中国移動が独自の第3世代携帯電話規格「TD-SCDMA」を使ったサービスを商用化している。TD-SCDMAもTDD方式を利用しており、その発展規格としてTDDモードの次世代方式を必要としていた。それがTD-LTEなのだ。通信速度もFDDモードのLTEと同様に最大100Mビット/秒超の理論値を誇る。

 TD-LTEは、世界最大の携帯電話事業者である中国移動が次世代モバイル方式として導入を検討しているため、それだけでもスケールメリットが働く。さらには次世代の世界標準と言えるLTEと多くの部分で共通だという利点もある。そのため中国だけではなく、インドや米国などの事業者もTD-LTEの技術に興味を持ち始めている。

 日本でもソフトバンクがウィルコムから引き継ぐ次世代事業の新会社の通信システムとして、XGPだけでなく、TD-LTEを一つの選択肢として検討しているといわれる。このことは4月27日付の複数の新聞で報じられた。

 さらに最近では、モバイルWiMAXからの移行システムとしてもTD-LTEは注目を集めつつある。米国のモバイルWiMAX事業者である米クリアワイヤは、3GPPに対して同社がWiMAX事業を展開する2.5GHz帯においてTD-LTEを利用可能にするように提案した。同社がTD-LTEにも興味を示している証しであり、モバイルWiMAX陣営にとってはショッキングな動きだったようだ。

 実際TD-LTEは、モバイルWiMAXやXGPとよく似た要素技術を使っている。さらには世界のほとんどの携帯電話事業者が次世代システムとして採用するFDD方式のLTEとも共通部分が多い。日本エリクソンの藤岡雅宣北東アジアCTO(最高技術責任者)が「基地局部分のソフトウエア・プロトコルの90~95%は、FDD方式とTDD方式で共通」と語るように、LTE全体のスケールメリットによる機器コストの低下も見込める。

 加えて、もともとは移動体での使用が考えられていなかったWiMAXと比べ、TD-LTEのほうがハンドオーバーの性能が高く、移動体での利用に適している。つまり、WiMAXをはじめTDD方式の次世代システム向けに各国で割り当てられた周波数帯域での商用サービスの本命規格としても、TD-LTEは急浮上しているのだ。