前回は,明治安田生命で起きた採用情報流出を事例に,人事部門の業務プロセス改善について考えてみた。人事採用といえば,昨今の景気後退を受けて,2009年3月卒業予定の学生の採用内定が取り消されるケースが相次いでいる。企業がいったん収集・取得した個人情報については,厚生労働省の「職業紹介事業者,労働者の募集を行う者,募集受託者,労働者供給事業者等が均等待遇,労働条件等の明示,求職者等の個人情報の取扱い,職業紹介事業者の責務,募集内容の的確な表示等に関して適切に対処するための指針(告示)」に準じて,適正な管理を実施しなければならない点を忘れてはならない。

 さて今回は,製品安全の観点から,個人情報保護について考えてみたい。

リチウムイオン蓄電池の法規制で求められる情報管理体制の強化

 本連載の第145回で触れたように,2008年11月20日より,リチウムイオン蓄電池が改正電気用品安全法の対象製品に指定される。これに伴い,製造・輸入事業者にはリチウムイオン蓄電池の製造・輸入の際に国の定める技術基準に適合しなければならないという基準適合義務が,販売事業者にはその販売の際に基準適合義務を満たしていることを表すPSEマークを付けなければ販売できないという販売制限が課せられる(「リチウムイオン蓄電池の規制対象化について」参照)。

 改正電気用品安全法は,リチウムイオン蓄電池が使用されている機器として,携帯用電子機器(例.ノート・パソコン,携帯電話機,ビデオカメラ,デジタルカメラ,携帯ゲーム機,DVDプレーヤー),電動車いす,医療機器,携帯計測器,電動アシスト自転車,電動シェーバー,ラジコン,ロボットを想定している。ただし,工場などで使用される産業用機械器具(労働安全衛生法の適用対象)や医療機関で使用される医療用機械器具(薬事法の適用対象),自動車/原動機付自転車(道路運送車両法の適用対象)のリチウムイオン蓄電池は,改正電気用品安全法の規制対象外となる。

 加えて,リチウムイオン蓄電池については,改正消費生活用製品安全法に基づき,消費生活用製品の製造事業者または輸入事業者には,火災などの重大製品事故が生じたことを知った時から10日以内に,経済産業大臣に報告する義務が課せられている。

 第103回で触れたノキア/松下(現パナソニック)のリチウムイオン蓄電池自主回収のケースでは,報告義務を負うノキア・ジャパンが,2007年7月28日に国内で最初に製品事故が発生してから8月15日に経済産業省が報告を受理するまでに18日間を要したことが問題視された。このとき,経済産業省が関係者間のメールのやり取りなどを提出するよう促したことが報道されるなど,電子メール情報の保存をめぐるテーマも取り沙汰された。製品を所有する消費者の個人情報保護対策のみならず,企業の製品安全に関わる情報管理体制も問われている。

リサイクルが進まない理由の一つに個人情報流出への不安

 IT機器の環境負荷軽減を目的としたグリーンITが最近注目を浴びているが,携帯用電子機器で利用されるリチウムイオン電池も例外ではない。2001年4月に施行された「資源の有効な利用の促進に関する法律(資源有効利用促進法)」に基づき,リチウムイオン二次電池メーカー,電池を使用する機器メーカーおよび輸入業者には,使用済電池の回収とリサイクルが義務付けられているのだ。資源有効利用促進法では,リチウムイオン二次電池における再生資源利用率の目標値を30%に設定しており,メーカーや輸入業者は回収済製品の再資源化のプロセスまでモニタリングする必要がある。

 だが,リチウムイオン電池を使用した電子機器のリサイクルは,必ずしも順調には進んでいない。たとえば,電気通信事業者協会(TCA)と情報通信ネットワーク産業協会(CIAJ)の発表によると,2007年度の携帯電話機/PHS本体の回収台数は前年度比2.7%減の644万3000台で,2000年度の1361万5000台をピークに減少傾向が続いている(「平成19年度携帯電話・PHSにおけるリサイクルの取り組み状況について」参照)。ここで注目すべきは,回収/リサイクルが進まない理由の一つとして,個人情報漏えいに対する不安が必ず挙がってくる点だ。消費者市場においては,製品安全だけでなく,グリーンITを推進するためにも,個人情報の適正な管理が不可避の課題となっているのである。

 折りしも,2008年11月7日,世界のリチウムイオン蓄電池市場でトップシェアを占めるパナソニックと三洋電機の間で,資本・業務提携に関する協議が始まったことが発表された(「パナソニック株式会社および三洋電機株式会社の資本・業務提携に関する協議開始のお知らせ」参照)。経営統合完了後の新生パナソニックは,世界中でリチウムイオン蓄電池を所有・利用する膨大な数の消費者を相手に,製品安全およびグリーンITの推進活動を行わなければならない。

 「攻め」の観点から見ると,新生パナソニックにおける個人情報保護対策のレベルが,世界のコンシューマーIT市場における「安全・安心」と「エコ」の両立を推進するデファクトスタンダードになる可能性がある。加えて,個人情報を活用した生涯顧客価値向上策の継続的推進は,売り切り型ビジネスモデルに依存してきた電機業界の構造変革に直結するテーマでもある。今後の動向を注視する必要があるだろう。

 次回は,「Googleマップ」からの個人情報流出について取り上げてみたい。


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■笹原 英司 (ささはら えいじ)

【略歴】
IDC Japan ITスペンディングリサーチマネージャー。中堅中小企業(SMB)から大企業,公共部門まで,国内のIT市場動向全般をテーマとして取り組んでいる。医薬学博士

【関連URL】
IDC JapanのWebサイトhttp://www.idcjapan.co.jp/