ローミング中もホーム網が制御

 携帯電話サービスの特徴は,加入者が移動(ローミング)することにある。従来の回線交換方式ではローミング先のシステムで呼制御を行うが,IMSでは常に加入者を収容するホーム網で呼制御を行う(図5)。この制御方式により,ローミング先でもホーム網と同じサービスの提供が可能になる。さらに,加入者の希望するサービスに応じてCSCFやアプリケーション・サーバー(AS)の配置ができるため,サービス種別や規模による機能配備や,ASによる細やかな加入者単位のサービスの実現が可能になる。

図5●ローミング時もサービスはホーム網で提供する
図5●ローミング時もサービスはホーム網で提供する
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 IMSのサービスを提供するASは,SIPベースのISCインタフェースというインタフェースを使ってサービスを制御する。S-CSCFはユーザー登録(REGISTER)時に加入者プロファイルをHSSからダウンロードする。加入者プロファイルの中には,アプリケーション・サービスのためトリガー情報(iFC)が含まれており,その情報(filter criteria)を基にS-CSCFがサービスをチェックし,SIPメッセージをASに転送し,ASがアプリケーション・サービスを提供する(図6)。

図6●サービスを提供するメカニズム
図6●サービスを提供するメカニズム
S-CSCFは加入者のプロファイルをダウンロードし,そこに記された条件を使ってサービスを起動する。
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 SIP-ASは,SIPなどのインターネット・プロトコルだけでサービス実現できるため,インターネット用に開発されたアプリケーションやコンテンツを容易にIMSに追加できる。このIMSの持つ柔軟性を利用しSIP-ASをさらに進化させたSIP-SDP(SIP-service delivery platform)がある。SIP-SDPは,ASの上位層にHTTPで連携する汎用サービス・プラットフォームを定義する。プログラミングの容易なハイレベルAPIを提供することで新しいネットワーク・サービスの開発/導入を促す。SIP-SDPの主な特徴は,リアルタイムに変化する加入者の状態に応じたサービス,音声や画像メディアの制御サービスなど,魅力的なサービスを短期間に開発する環境の提供であり,より多くの利益を生み出すサービス・プラットフォームを実現する点にある(図7)。

図7●IMSはサード・パーティがアプリケーションを提供するプラットフォームにもなる
図7●IMSはサード・パーティがアプリケーションを提供するプラットフォームにもなる
様々なWebサービスのAPIが使えるようになる。
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プッシュ・ツー・トークの実現

 IMSプラットフォームを用いたサービス構築事例として,携帯電話のプッシュ・ツー・トーク(PoC:push-to-talk over cellular)を紹介しよう。

 PoCサービスは,トランシーバや業務用無線のようにプッシュ・ボタンにより発言権を取りながら,1対1もしくは1対Nの音声のやり取りを携帯電話で実現するサービスである。日本でも,従来の音声通話,メール・サービスとは違う新しいグループ・コミュニケーション・サービスとして,2005年11月から商用サービスが提供されている。

 PoCサービスは,SIP呼制御をおこなうS-CSCF/P-CSCFと加入者情報を管理するHSSなどからなるIMSプラットフォームと,「発着信制御」「発言権制御」「再入室制御」を提供するアプリケーション・サーバー「PoC-AS」で構成される(図8)。このようにIMS基盤上に,新しいサービスをSIP-ASとして用意し,加入者情報管理(HSS)にデータ登録するだけで,既存のSIP呼制御(S-CSCF/P-CSCF)に変更することなく,簡単に全国にサービス展開できる。また,IMSベースでPoCサービスを構築することにより,音声だけではなく,テキストや写真などのマルチメディアPoCへの発展や,プレゼンスやネットワーク電話帳連携,固定網との連携などサービスの拡張が可能になる。

図8●IMSで実現する携帯電話用プッシュ・ツー・トーク・サービスの構成
図8●IMSで実現する携帯電話用プッシュ・ツー・トーク・サービスの構成
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 IMSベースのPoCサービスは,IMSプラットフォームを用いた最初の商用サービスとして,そして多様なマルチメディア・サービスへの発展が期待されていることから,世界各国での導入が検討されている。

FMCの実現

 IMSにより,複数存在する通信ネットワークやネットワーク・サービスを統合することが可能である。その代表例として期待されているのが携帯と固定通信を統合するFMCだ。

 具体的なサービスを考えてみよう。IMSに接続される端末に対しては,どのようなアクセス手段を用いていてもサービスを提供することが可能である。たとえば,家の中でADSL/FTTHによる接続をしていても,屋外で携帯電話無線による接続をしていても,1台の端末で同じように着信を受けることができる(ワンフォン)。また,電話番号を固定用と移動用とで分ける必要がなく,1つの番号だけですべてのサービスを受けることが可能となる(ワン・ナンバー)。これによってユーザーは固定網と移動体網との違いを意識することなく,サービスを受けることが可能となる。

 加入者データも統合できる。現在のネットワークでの契約者の加入者データは,固定網では加入者交換機に,移動体網ではHLRにと別々に記憶されている。IMSにおいては,加入者データはHSSに統合して管理されるようになり,HSSに格納した加入者プロファイルを設定するだけで,新しいサービスを簡単に提供できる。

 固定通信と移動通信とではユーザーが別々の通信会社にそれぞれ契約を行う必要があったが,FMCでは一つの通信会社と契約するだけで,固定網でも移動体網でもサービスを受けることができるようになる。また,通信料も固定通信/移動通信に関わらず一括して支払うことが可能となる。

 このようにIPという切り口で,固定網/移動体網を含む様々なアクセス網に対して,統一的にサービスを提供できるIMSによって,様々なFMCのサービスが実現されるのである。

原 広明(はら・ひろあき)
NECキャリアネットワーク企画本部 マネージャー
1985年NEC入社。局用交換機,3Gコア,SIP,IMS,プッシュ・ツー・トークのソフトウエア開発に従事。1995年から3年間,TINA-Cに参加。2006年4月から現部門。NGN/IMS事業推進を担当。