競合戦略や顧客内の政治力学を分析し、不足する情報や、競合に対して取るべき手は明確になった。それでも多くの商談で受注に失敗してしまうのは、せっかく分析した案件情報や競合戦略が、日々の営業活動にうまく生かされていないからです。確実に勝率向上につなげるための行動計画の立案方法を紹介します。

 前回まで、商談の勝率向上をテーマに「案件アセスメント」、「競合戦略」、「顧客内政治力学」という順番で、案件の分析手法や商談を有利に進めるための戦略の考え方を紹介してきました。

 勝率向上のための商談戦略の立案は、その過程を「インプット(収集すべき情報)」、「プロセス(分析の切り口)」、「アウトプット(行動計画への落とし込み)」の三つに分類できます。そしてこれら三つが効果的に連携して初めて価値を持ちます。いくら案件の分析が正しくても、顧客に対する実際の営業活動の一つひとつが的外れだとすれば、勝率向上はおぼつきません。

 つまり、案件アセスメントや競合戦略、顧客内政治力学の分析というインプットやプロセスを基に、どれだけ効果的な営業活動を立案できるかが、勝率向上のカギになるのです。最終回である今回は、商談戦略のアウトプットに当たる「行動計画」に焦点を当て、その立案の手法を紹介します。

 商談戦略における行動計画とは、「勝率向上のために具体的にとらなければならない活動の全体像」のことです。具体的にどのようなプロセスで考えれば、効果的な計画を作成できるでしょうか。行動計画作成の方法はいくつかありますが、ここでは「Goal POST(ゴールポスト)」と呼ぶ手法を紹介します。Goal POSTは、(1)Goal(ゴール)、(2)Profile(プロフィール)、(3)Objective(目標)、(4)Strategy(戦略)、(5)Tactics(戦術)―の5項目で構成され、それぞれの頭文字をとった略称です(図1)。

図1●行動計画作成の手法「Goal POST(ゴールポスト)」の構成要素
図1●行動計画作成の手法「Goal POST(ゴールポスト)」の構成要素

 Goal POSTによる行動計画作成ではまず、(1)のゴールを達成するために何をなすべきかという、(3)の目標にブレークダウンします。そしてその目標を達成するために(4)の戦略にブレークダウンし、最終的に(5)の戦術、つまり日々の営業活動でなすべき「To Do」にブレークダウンするのです。そして、この行動計画作りの基礎となるのが(2)のプロフィール、つまり顧客に関する情報という構造になっています(図2)。

図2●案件を分析した結果を基に、“ゴール”に向けた行動計画を策定する
図2●案件を分析した結果を基に、“ゴール”に向けた行動計画を策定する

顧客との長期的な関係作りをゴールに

 特に重要なのは(1)のゴールです。ここでいうゴールとは、顧客と長期的にどのような関係性を築きたいのかのビジョンです。しかし、多くの営業担当者は、このビジョンをあまり意識していません。商談戦略策定のワークショップでも、顧客との関係のゴールを考えるのに、最も時間がかかります。

 また例えば、「この顧客と年間2億円のビジネスを行うことがゴールです」と、目標の数字だけを掲げる営業担当者もいますが、重要なのは2億円のビジネスをした結果、顧客とどういう関係になりたいのかです。Goal POSTの枠組みで言えば、2億円の売り上げというのは、(3)の目標の一つに過ぎません。一方ゴールとは例えば、「顧客にとって信頼されるビジネスパートナーとなり、困ったときはいつでも最初に相談される関係を構築すること」です。ゴールは、営業担当者もしくは会社としての顧客へのメッセージであり、顧客との長期的な関係を構築する基盤です。顧客とWin‐Winの関係を築きたいという意図を表す重要な要素なのです。

 ゴールの次に考えなければならないのが、(3)の目標です。これは、ゴール達成のために、どんなソリューションをどのくらいの金額で、いつまでに受注するか、という具体的な目標です。案件アセスメント項目である「製品・サービスの適合性」や「予算化」、「コンペリングイベント」などの分析結果から導き出されます。

 そして、この目標を達成するためのアプローチを(4)の戦略で示します。これは競合戦略を分析・検討した結果から導くことができます。例えば、「圧倒的な実績をテコに提案する」という「正面戦略」のアプローチなどです。

 そしてその戦略を、(5)の戦術へ落とし込んでいきます。戦術は、目標達成のための具体的な活動のこと。案件アセスメントで不足した情報の収集や、競合戦略の分析、政治力学分析の結果などから導き出すことができます。

 例えば、「情報システム部門のA部長を訪問し、コンペリングイベントと個人的動機をヒアリングする」という活動は、案件アセスメントで明らかになった不足情報を収集する戦術になります。また、「意思決定者であるB事業部長を訪問し、自社ソリューションのユニークな価値を説明し売り上げ拡大への貢献度合いを数値で示す」ことは、顧客内政治の分析に基づく価値提案の戦術です。

 計画した戦術が、商談戦略や目標と効果的に関連付けられていれば、日々の営業活動の意味を営業担当者自身が認識できるようになります。「今回の訪問は、商談戦略全体にとってどんなインパクトや価値があるのか」を常に考えながら行動できるようになれば、自身の労力を、確実に勝率向上に注ぐことができるようになるのです。

 ただし、戦略や目標から戦術を策定することは、そう簡単ではありません。ここでは、個々の戦術を計画するときの「PRIME(プライム)」と呼ぶ分類手法を紹介しましょう。

 PRIMEはGoal POSTと同様に、それぞれの分類項目の頭文字をとった略称です。(1)Prove your value(自分の価値を証明する)、(2)Retrieve missing information(不足情報を収集する)、(3)Insulate against competition(競合から守る)、(4)Minimize your weakness(自分の弱みを最小にする)、(5)Emphasize your strengths(自分の強みを強調する)―の5項目で構成されます(図3)。

図3●営業活動を分類する「PRIME」の構成要素
図3●営業活動を分類する「PRIME」の構成要素

 営業活動は、このPRIMEのいずれかに分類されます。営業担当者は、自分の行動をPRIMEのどれかに落とし込んで、商談戦略全体における意味や位置付けを考えながら営業活動を実行することで、勝率向上に つなげることができるのです。

商談戦略立案が会社への説明責任にも

 勝率向上を実現するための方法論として、(1)案件アセスメント、(2)競合戦略、(3)政治力学分析、(4)行動計画―について紹介してきました。しかし、営業担当者の多くはそもそも、こうした方法論を使って「プランを立てる」という行為に「面倒くさい」という印象を持っているのではないでしょうか。日々多忙な営業現場であるがゆえに、「プランを立てる時間があれば、その分顧客を訪問したほうがよい」という意見もあるでしょう。

 実際ワークショップに参加する営業担当者の多くは、初めは商談戦略立案にあまり積極的ではありません。情報を集めて分析するのは大変な労力が必要ですし、ディスカッションやプレゼンテーションで、自分が感覚として分かっていることを、わざわざ相手に分かりやすく伝えなければならないのは面倒だからです。しかし、不足している情報を補い、まわりの参加者からのアイデアも生かして、自分の商談における勝率向上の切り口が明確になってくると、次第に商談戦略作りに積極的になっていきます。

 商談全体を俯瞰してプランを考えることが勝率向上という成果につながり、それは結果として、個人の仕事の充実感にもつながるのです。

 またプランを立てて商談状況を可視化し、クロージングまでのシナリオを社内に説明することは、会社から顧客という重要な資産を預かっている営業担当者にとって、当然やらなければならない仕事である、という言い方もできるかもしれません。

 これは欧米において営業担当者がどのように呼ばれているかを考えれば分かります。欧米では営業担当者のことを「アカウントマネジャー」と呼ぶのが一般的です。「アカウント」とは、元は預金とか口座という意味です。つまりアカウントマネジャーの役割は、会社の重要な資産である「顧客」を預かって、それを管理・運用することにあります。「資産をどのように管理していくのか」という説明責任を会社に対して果たすことは、アカウントマネジャーとしては当然の仕事ということになります。

 商談プランを作って、そのロジックを社内に説明することの第一の目的は、受注のためのアイデアやSEなどのリソースの適切な配分です。しかし副次的には、説明責任も大きな目的の一つなのです。つまり、プランのでき具合から、その営業担当者にどれだけ仕事を任せてよいかを、上司や会社が判断する材料でもあるのです。

営業マネジャーは商談フェーズごとの行動変革を

 営業の方法論を組織に定着させ、勝率向上を実現するためには、営業マネジャー自らが、採用した方法論を推奨して営業担当者と一緒に考え、ときにはリードすることが不可欠です。

 ワークショップに参加する営業担当者に「自分の営業マネジャーにどんな活動を期待しますか」と聞くと、ほぼ全員が「重要案件に対するタイムリーで客観的なコーチング」という意味の回答をします。「GO(ゴー)」か「NO GO(ノーゴー)」かの判断をするためのディスカッションの場を、できるだけ早く持ちたいというのです。

 ここで、「早く」と「客観的」という部分がポイントです。営業担当者が紆余曲折を経てなんとか形にしてきた商談で、最終的なプレゼンテーションと価格交渉だけに登場する営業マネジャーは少なくありませんが、それではマネジャーの役割を果たしたとはいえません。また、多くの営業担当者は、営業マネジャーの体系化されていない「過去の経験」に基づいて指導されることには否定的です。営業マネジャーとしてよかれと思って伝えている経験も、客観的な論理のない場合は逆効果になるのです。

 では、どうすれば営業マネジャーは勝率向上を効果的に支援できるようになるのでしょうか。まず、商談に対する関与の度合いを、図4のように変革していかなければなりません。

図4●商談初期に積極的に案件に関与することが「勝率向上」のためのマネジャーの条件
図4●商談初期に積極的に案件に関与することが「勝率向上」のためのマネジャーの条件

 営業マネジャーは、商談初期の時点で「案件アセスメント」という客観的な基準に対して適切な質問を営業担当者に投げかけ、不足した情報や自社アプローチの強みや弱点を営業担当者と話し合う必要があります(決して営業担当者のスキル不足へのお説教になってはいけません)。そして、その案件がGOかNO GOかを含むアクションプランを合意し、案件に投入するリソースを決めたら、あとはある程度営業担当者に任せるという行動モデルが求められます。

 営業マネジャーに必要なのは、方法論の共有を前提とした「戦略コーチ」としての役割であり、それは取りも直さず、組織における方法論の定着にも大きく貢献する役割でもあるのです。

 金融業界を中心に、ユーザー企業のITへの投資は回復基調にあります。しかし一方でソリューションプロバイダにとっては、製品・サービスやブランドでの提案の差異化はますます困難になっています。そのような環境の中で、数人の優秀な営業担当者に支えられているだけの営業組織では、中長期的に安定的なパフォーマンスを発揮するのは極めて難しいことは明らかです。組織としての営業力を底上げしていくことは、IT企業が解決しなければならない差し迫ったビジネス課題なのです。

 連載の第1回目に、方法論をITスタックの構造に例えて「営業組織のOSである」と言いました。「勝率向上」のための方法論を営業組織全体で共有することで、案件にかかわる人すべてが同じ情報分析の切り口と勝率向上への視点を持つことができます。共通言語でディスカッションをして、営業戦略を考えていくことができれば、それは特定の個人に依存しない組織全体の営業力向上につながります。

入江 倫成
ウィルソン・ラーニングワールドワイド HRD事業グループアカウントマネジャー
早稲田大学法学部を卒業後、ウィルソン・ラーニングワールドワイドに入社。IT・ハイテク企業に、営業力強化やプロジェクトマネジャー育成などに関する、アセスメントや能力開発プログラムの提案を行っている。E-mail:michinari_irie@wlw.co.jp